飃の啼く…第10章-16
「でも、何で今は平気なの…?その、えっと…した、から?」
私の言わんとしている事を汲み取って、飃がにやりと笑う。
「いや、実は途中で正気には戻っていた。お前が“ねだる”前だ。」
かあっと血が上る。
「必死で己の欲望を満たそうとしてくれるお前をがっかりさせたくなくてな。」
そして、頭から湯気を立てている私に口付けた。
「ありがとう。」
私は、文字通り狐につままれた感覚のまま、しばらくベッドに沈んでいた。私は、飃に関して知らないことが多すぎる…そんな漠然とした不満を抱きながら。飃が巻いてくれた包帯に手をやる。しっかりと包帯を巻いて大事にいたわってくれる彼も…そして、あの恐ろしい獣…もちろんあれも飃の一部。
15年前に一体何があったのか、飃が自分から離してくれることはないのだろう。いつものように。
それでも私は待とう。いつか全てが明らかになる。明らかにならざるをえない。そんな期待と不安が大きな波となって押し寄せてきた。私は小さく身震いして、リビングに立つ飃の姿を求めて寝返りを打った。
窓の外では早くも日が翳って、性急なる夜の気配が忍び寄っていた。宵の明星が夕焼けの空にポツリと輝き、家路を急ぐ人の波を、灯り始めた家々の明かりを、その灯の中で思いにふける私のことを見つめていた。