飃の啼く…第10章-15
「もっと…もっと頂戴…」
ゆっくりな動きに焦れて、珍しくねだる。聞き入れてくれたのは、彼の思考が正常に戻りつつあるからか、それとも逆か。
「っああ…! は…っ!」
打ち付ける音は、汗のせいで余計にいやらしく湿り気を帯びて、耳を犯した。脳髄まで振動させるのは、単調なリズムのはずなのに、私を徐々に追い詰めてゆく。
崖の淵まで。
この時、天と地がひっくり返っても、きっと私は気づかなかっただろう。自らの欲望を解放することにとらわれて。
そして、最後の一突きが私を突き落とした。空の底へ。
私は、自分と飃が、文字通り一つになるほど強く、飃を抱きしめていた。私を抱きしめ返した飃の腕は優しくて…私はそのまま安心して、いつの間にか眠りにおちてしまった。
私を眠りから呼び覚ましたのは、誰かに頭をなでられている感覚だった。目を開けると、そこにはいつもどおりの飃が居て、ベッドの淵に腰掛けて私の頭を撫でていた。
「も、平気…?」
交わりの後で落ちた眠りは深くて、まだ完全に目覚め切れていない。
「ああ…あんな姿を見せたくはなかったのだが…すまなかった。」
後悔に苛まれた飃の、目が私の首筋に点在する歯形を追う。私は徐々に眠りから覚めてきた。
「あれは一体…?」
心配そうに下から覗き込む私に、飃は少しためらってから、
「自分の中に潜む、もう一つの己だ。純粋な獣といったら良いのか…狗族の中でも、こんなものを飼っている者は稀だが…己は15年前にこいつの存在に気づいた。以来ずっと押さえ込んできたのだが…。」
「あの毒…」
私の言葉に、飃がうなづく。
「あの忌々しい香と、似たようなものだろう…但し、今回の毒は己の理性を失わせるためのものだ。危うくさくらを食ってしまうところだった…おそらくそれが奴らの狙いだろうが。」
こんな内容の会話を、真顔でできるようになった私の感覚は、やはり一般とずれているんだろうな。心ではそう思いながら、安堵のため息をついた。飃は、私の身体をいったん起こして首に包帯を巻いてくれている。
「…すまない…“奴”は血を好む…これでは学校で目立ってしまうな。」
私はふふ、と笑った。
「赤いスカーフでも巻くわよ。」
それと、プロペラのついたベルトがあれば完璧…そんなくだらないことを考えて吹き出しそうになりながら、ふと思いついた。