飃の啼く…第9章-8
「そういえばさ、あんた、名前は?」
「名など無い。澱みに加わったときに、名は奪われた…。」
狐は私の前を歩いて案内しながら、こちらを見ようともせずに言った。
「それじゃあ呼びにくいんだよね…じゃあ、風炎は?」
「フェーン…?」
私は少し得意になって説明して「あげた」。
「フェーン現象のフェーンよ。温かい風で、春に山から吹き降りると雪崩を引き起こすんだって。私たちがしようとしてることが成功したら、まさになだれみたいに、やつらにダメージをあたえてやれるもん。」
私が話したのは…実を言うとこの間の理科の授業の受け売りだけど、なかなかにいいネーミングじゃないか、と私は思った。なのにそいつはしばらく何も言わなかった。右だ。とか、左だ、とか。なんだ、気に入らないなら、そういいなさいよ。と思った、その時…
「雪崩…か。それはいいな。」
そう、呟いた。
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ここはどこだ…
脳髄を焼ききるような悪臭。
滴る水音。
固く冷たい床はじめじめと湿っている。
腕が…痛い。
縛られてつるし上げられていたせいだ。
首筋に鈍痛。
打たれた薬のせいだろう。
だが、己は屈していない。
そう。
背中が、焼けているのは、鞭打たれたせいだ。
だが、確かに、己は屈しなかった。
この忌まわしい場所にあって、飃は薬を打たれ、痛めつけられた。しかし、所詮は肉体的苦痛。癒えるときが来る。