飃の啼く…第9章-4
「…!」
「なに、こういうのはどうだ?お前を抱かせてくれるならよォ、お前の旦那に手はださねえ…いや、少なくとも殺しはしねえようにしてやるよ…」
「正気なの…」
「澱みに正気もくそもあるかよ!ほらァ!」
そいつは、私を洗面台に押し付けたままパジャマのズボンを、持っていたナイフでいとも簡単に切り裂いた。
「っく…!」
抵抗しようとさらにもがいた。風邪のせいで朦朧としていた意識が、だんだん晴れてきてる…
「ほらほら、あんまり暴れると、旦那の命が無いぜェ?何せ、向こうには、お前の命と引き換えに大人しくしてもらってるんだ。お前の命のために死んでくれるかも知れねえよなァ。」
「貴様…!」
鏡越しににらみつける。
「ひゅー!その顔!たまんねェ!」
そういって、後ろから胸をもみしだいてくる。屈辱だ。汚らわしくて、吐き気がするけど、飃が捕まっているのは確かだ。もう!何でそんなに私思いなのよ!
下着も取り払われてしまった。鏡に映る相手と自分の顔を直視したくなくて、目をつぶる。
「嫌…やめて…」
「おら!ちゃんと鏡を見とけェ!」髪をつかまれて、後ろに引っ張られる。
「嫌ぁあっ!」
その時、髪をつかむ力が…消えた。そして、鏡に、黒い液体が…
「!!?」
「っぁあ!おまえはァ!?」
そいつは、振り返って後ろを見ていた。私も、手かせをはめられたまま方向を変える。
「おい、ぼんくら…」
この声は…
「ちょこまか動きやがると、おめえのどてっぱらにキレーな横一文字が書けねえだろ…」
リビングに、ひゅんひゅんという音が響く。
漆黒の鎖鎌が、鎌首をもたげた蛇のように、次の一撃に備えていた。
「ゆ…夕雷!」
私は安堵感で、床にへたり込んでしまった。
「おまえ…夕雷って名前なのか?」
不思議と、その澱みは夕雷にひきつけられた。興味深げにその小さな獣を見つめている。
「…なんならお前の身体に書いてやってもいいんだぜぇ…こいつでよ。」
大きな鎌が怪しげに光を放つ。