飃の啼く…第9章-18
「それとも、ここ?」
もう片方の手で、別の場所を探る。私なりのやり方で、その両方をゆっくり、優しく愛撫してみる。
飃は、びくっと震え、そして震えたことに気づいて青ざめた。のどの奥からうなり声を上げて私の体を押しやる。私は、狭い浴室の壁に背中を叩きつけられて、一瞬空気を失った。飃は、うつむいた顔を長い髪に隠して、うつむいたまま言葉を迸らせた。
「そうだ…。そうだよ…己は死にたかった。ああ。死なせてくれていたら死んでいたさ。何年もあいつを殺すことだけを考えて、自分を追い込んできたのに、実際会ってみたらあのざまだ…あの男に弄ばれ、嘲笑され、罵られ、それでも己は…己は…。」
私は、飃に向き直って、キスをしようとした。髪を掻き分けて、この舌の苦悩に歪んだ顔をあらわにする。
「駄目だ…出来ない…俺は、お前に…」
彼が顔を背けたので、髪の毛を引っ張って無理やりキスした。
長いキスだった。飃が逃れようとしても、私は離さなかった。熱いシャワーが、雨のように体を流れていくけど、つながった部分だけは、何者の侵入をも受け入れなかった。空気も、言葉も。理性さえも。
「あいつのキスがこれより良かった?」
飃の目を見据えて、言う。そして、キスをしながら手で飃のものを包み込んで、優しく撫でた。
「あいつの手は、私のより優しかった?」
私は、飃の足の間にしゃがんで、口に含んだ。やさしく、淫らに、いとおしむように。私の全てをかけて。
飃の手は、私を引き剥がしたらいいのか、押さえつけたらいいのか迷っているように、私の頭に当てられていた。
やがて放たれた熱いものを、私はわざと味わって飲み下して言った。
「あいつのは、これより良かったの?」
飃は、私をまっすぐに見つめて言った。久しぶりに。
「そんなことは…断じて無い…!」
「それがなぜか解る…?飃…」
視界が潤むのが、涙のせいなのか、シャワーのせいなのか、もう区別が付かなかった。
こんなやり方で、飃の心を取り戻せるのかも。
私は、飃の頬に手を当てた。
「愛しているからよ…あなたが、私を…」
飃の目が、見開いた。
この先、どんなことがあったって…そう。どちらかが、死んでも…
「愛しているから…」
私が、あなたを守ってあげる…
飃は、おずおずと、私に手を差し伸べた。問いかけるように。探るように。私は迷わずその中に飛び込んで、背中をさすった。全て書き換えてあげる。私が、汚れた記憶や、感覚の全てを。