『繋がりゆく想い……』-5
……ガチャ……
「あ、祐樹おはよ!」
「と、智子!?お前何やってんだ?」
どっから引っ張り出したのかわからないが、エプロン姿の智子は俺が尋ねると顔を赤らめながら俯いた。
「最後だからさ、あたいお礼に朝ごはん作ろうとしたんだけど……失敗しちゃった。」
そう言って所在無さげに智子は縮こまった。その言葉に視線を流すと、成程テーブルの上には、崩れた目玉焼き……
真っ黒コゲのトースト…
千切りだかザク切りだか、わからないサラダ……
そして、生まれてこのかた包丁なんて握ったコトなんかないんだろう、智子の指は絆創膏だらけだった。
「こういうお礼だったら、祐樹は怒んないって思ったんだけど……。あたい、何やってもダメだね。」
そう言って淋しげに笑う智子をよそに、俺は黙ってイスに座るとトーストをつまみ上げて噛りつく。
「ダ、ダメだよ食べちゃ……お腹壊すよ?」
「いやいや、なかなか香ばしくって上手いよ……うん、上手い……」
俺がガリガリとトーストを噛っていると、智子が消え入りそうな声で呟いた。
「ホントに優しいんだね……ありがと、祐樹……」
本当は聞こえていた……だけど、聞こえない振りをして俺は智子の作った朝食を食べ続けていた。
「ねぇ……ホントに来ちゃいけないの?」
「ああ……」
「どうしても?」
「ああ、どうしてもだ。」
「わかった……じゃあ行くね。」
「元気でな……」
智子を玄関先で見送り、俺は扉にカギを掛けた。
カシャン……
その音は心の奥にまで響く。まるで、外界と自分を隔てる様に……
ほんの少しだけ、楽しい気分を味わえた。持って行く想い出にはちょうどいい……俺はそんな風に思っていた。
それから何をするでもなく、日々は過ぎて行く。食べても上手いと感じなくなったから、俺は殆ど食事も取らなくなった。時折、飲み物を買いに出るか、痛み止めの薬を病院に取りに行く以外は外出すらしなくなる。
あれからどれくらい経ったんだろう、もう智子との事も遠い昔の様に感じる様になっていた。
「今日は薬を取りに行く日か……」
今更、薬なんてとも思う。だけど、この行為それだけが僅かに心を繋ぎ留めている様な気がしていた。
面倒臭いと思いながら靴を履いて玄関を出る。すると途端に激しい目眩に襲われて、俺は崩れ落ちた。
「……うき……」
誰かの声が聞こえた気がしたけれど、確かめる事すら出来ずに俺はそのまま意識を失った。
暗闇の淵から浮かび上がった意識が言葉を紡ぐ。
ここはどこだ?俺は死んだのか?
意識を取り戻した俺は重たい瞼をこじ開ける。すると俺を覗き込む白衣の女性と目が合った。
「気が付かれましたか?今、先生を呼んで来ますので安静になさってて下さいね?」
先生?……じゃあ、ここは病院か?……なんだ、まだ生きてんのか俺……
安堵とも何とも言えない溜息をついてベッドで休んでいると、見覚えのある医者が俺の側にやって来た。
「気が付かれましたか風見さん……危ないところでしたよ。従姉妹のお嬢さんが発見しなければ、どうなっていた事か……」
「従姉妹?」
「ええ、智子さん。従姉妹なんですよね?」
医者の視線の先を追うと、そこには俯いて立っている智子がいた。
「ええ、確かに彼女は俺の従姉妹ですよ。」
軽く咳ばらいをして頷く俺に、医者は安堵の表情を浮かべた。しかし、すぐに真顔になって言う。
「風見さん……言いたくないのですが、薬で抑えるのもそろそろ限界です。出来ればこのまま入院された方が………」
「その前に先生、コイツと二人で話したいんですが……」
「構いません。お話しが済んだらナースコールして下さい。でも、出来れば短めにお願いします。」
そう言って医者は病室から出て行った。そして、中に残されたのは俺と智子だけ……。智子は何も言わず俯いている。俺と目を合わそうともせずに……
「もう来るなって言った筈だよな。」
先に口を開いたのは俺だった。その言葉に智子はビクンと体を震わせる。
「従姉妹なんて名乗りやがって……」
「ごめんなさい……あたい……」
微かに震える声。それは……
「全部、知っちまったんだな?」
それを意味していた。俺の問いに智子は小さく頷く。
「だから忘れろって言ったんだ。智子、顔を上げろよ。」
ゆっくりと顔が上がっていく。そして、俺を見つめる瞳は濡れていた。