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『カイコノトキ』
【純愛 恋愛小説】

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『カイコノトキ』-4

「やっぱりな」
鼻を鳴らす僕の視線の先にはそのまま肌と見紛うほど巧妙な色のテープ。包帯でなかっただけマシだろう。
「まだ切ってやがったのか」
僕は幾分落ち着いた声色を取り戻していた。早希は何も言わずに唇を噛み締めている。
「そうやっていつまで自分傷つけて満足してるつもりなんだ?それで何が得られる?何が欲しいんだよ、早希?」
「…やめて…」
蚊の鳴くような彼女の声は僕の耳朶を掠めて八月の夜風に運ばれて消えた。
「何も変わってないじゃねぇか。四年前と。この四年間──」
「変わってなくちゃいけないの?」
早希が僕を睨んだ。…いや、彼女にそんな気はなかったのかも知れない。それでも、強い気持ちが込められたその視線に、僕は少なからずたじろいだ。
「言ったじゃない。変わろうとしたけど、駄目だったの。知った口聞かないで。大体、孝介くんだって──」
「だったら俺が変えてやる」
早希の反論を強引に遮り、僕は言った。唾が飛んでいたなら後で謝らねばなるまい。
「俺が変わったって?上っ面だけ見て何がわかる。何も変わっちゃいないさ。だから、早希は俺を変えてみせろ」
何だこの理屈は…。何が、だから、だ。早希もその少し垂れた大きな目を白黒させている。
そりゃそうだよな。
冷静さを取り戻しつつある頭で冷静に考える。きっと今の僕を俯瞰的に見ればさぞや笑えることだろう。
「…私、いてもいいの?」
早希が潤いを帯びた瞳で僕を見る。どうやら、本人の意思とは裏腹に、そこそこ効果はあったようだ。
「それはお前次第だよ、早希」
…もっと気の利いたことが言えないのか。
「…うん」
ぱふっ、という音がした。視界から消えた早希。どこに消えたか悟るのに、一瞬の停滞を要した。
「私が、変えてあげる」
僕の胸元から顔をあげた早希が笑った。懐かしい、何度も近くで見ていた優しい微笑。忘れていたのだろうか。この小さな幸せ、喜びを。
平等な四年間。平等な別離。
…果たして、そうだろうか。
僕の過ごした時間には、何もなかった。僕は、ただ流れる時間の中を抗いもせずに漂っただけだ。
早希は、そうだろうか。
流された、といいう点では同じだろう。しかし、僕を包んだものとは似て非なるそれは、あまりに彼女を傷つけたのではなかろうか。早過ぎる流れ。川底に、岩壁に幾度となくその白い肌を打ち付け、傷だらけになって今、ここに流れついた。違う流れの中をただ漂った僕と、同じ岸に。交わるはずのなかった流れが交わった。それが何か別の、人知を超えた何かの作用によるものなのかは僕にはわからない。
そして今立ち上がる。
僕は僕の岸から。
彼女は彼女の岸から。
立ち上がり、手を取り歩き出す。
歩き出せるのだ。
少なくとも今は平等に、月の光が二人に降り注いでいるのだから。

「ずっと、このままがいいな」
二十二歳の彼女が言う。
「そうだな」
まだ二十一歳の、僕が言った。


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