忘れてしまった君の詩-7
そんなこと、事前に誰も教えてはくれなかった。
「それはそうだろう。成績は常にトップクラス。スポーツもでき、幾つもの記録を塗り替えている。しかも、それを鼻にもかけず、九木という例外を除いては分け隔てなく、誰とでも平等に接する。おまけにそのルックスだ。誰だって憧れの念を抱いたとしても不思議ではない」
意外なところで口に上った『僕』の事実。
―『僕』はスーパーマンだったのです。
なんて言ったら、大袈裟だろうか?
「これからの学園生活。当然、お前はそんな『過去』色の眼鏡で周りから見られることになるわけだ。そんなお前を私は担任としてサポートすることが出来る。こんなやりがいのある仕事を任されて、私はツイている、と言ったんだ」
先生は椅子から立ち上がり、僕の肩をポンッと叩いた。
「わからないことや、困ったことがあれば、私にいつでも話せ。わかったな?」
その手が綺麗だと思う前に、頼もしいと思ったのは仕方がない訳で、
「よろしくお願いします、英里先生」
頼るべき協力者に、僕は心からの笑みを送ったのだった。
その日の学園生活といったら散々たるものだった。まずは教室に入った時のことである。
九木とのいざこざのせいで職員室に出向くのが遅れたということもあり、僕は一時間目の休憩時間、英里先生に伴われて2−Dと記された戸を潜ることになった。
そんな僕を出迎えたのは、女子の黄色い歓声と一部男子による嫉妬の目。
それら過酷な状況を乗り越え、英里先生に促されるまま、席に着いた僕だったのが、それと同時に女子からの質問攻めにあってしまった。
救いを求めようにも、頼るべき協力者は他教室で行うべき授業のため、すでにその場になく、僕は孤立無援のなか、適当な答えを返しながら、次の授業が始まるのを待つしかなかった。その授業でも問題が起きた。
先にも述べた通り、僕は知識面において何の障害も負わなかった。
それにこの一ヵ月の間、僕は僕なりに勉強を進めていた甲斐があり、先生が黒板に書き出した公式問題も何の苦もなく解くことが出来た。
束の間の余暇である。
みんなが真剣にペンを走らせる音をBGMにしながら、窓から見える景色(僕に割り当てられたのは、窓際、後ろから2番目の席だった)を何の気なしに一分ほど見ただろうか。
隣の男子生徒が頭をガシガシと掻きながら唸り声を上げている。
彼のノートを見れば、問題を書き写しただけで、一問も解けてはいなかった。僕は彼の肩を叩き、僕のノートを示した。
彼は訝しげに僕を見た。「丸写しはよくないけど、参考程度に。わからないところがあれば、僕に聞いてくれていいから」
彼は嬉しそうに頭を下げた。が、それがいけなかった…。
次の休み時間。
今度は男女入り乱れた集団によって、僕は囲まれてしまったのである。
皆々その手に、さっきの授業ノートを握り締めて…。
そんなこんなのことを繰り返して昼休みである。
「もう…ダメだ…」
僕の疲労はピークに達していた。
「なーに弱気なこと言ってるの。まだ、四時間目が終わったばかりじゃない」
僕と香織ちゃんは朝のうちに示し合わせて、屋上に来ていた。
彼女は床に直接、腰を下ろして行儀良く弁当を摘んでいた。
それは今朝のうちに僕が仕込んでおいたものだ。
「あと二時限もあるのよ?英気を養って午後に備えないと、学校が終わる頃にはひからびたミイラになっちゃうわよ?」
「ははっ、それは困る」
とはいえ、英気を養おうにも肝心の食欲が湧いてこない。
多分、短い間に色々なことが起き過ぎたためだろう。
「なんや、情けない。そんくらいでもうグロッキーかい?」
何故だか、香織ちゃんの隣に腰掛けて焼そばパンを噛っている九木が言った。 それをあえて無視し、香織ちゃんにそっと囁く。
「…なんで、こいつがいるわけ?」
「さあ?あたしが来たときにはもういたから」
香織ちゃんもそっと囁き返してきた。
「ちょいと、お二人さん。内緒話はないんちゃうの?ワイもお仲間に入れたってぇな」
媚を売るような九木の口調に、
「黙れ、エセ関西人」
「えっ、エセ…」
容赦ない、香織ちゃんの毒が飛んだ。
「エセ……」
香織ちゃんの毒は思いの外効いたらしく、力強く弧を描いた九木の眉が、ピクピクと震えていた。