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忘れてしまった君の詩
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忘れてしまった君の詩-6

「――よし、いいぞ。必要書類は全部揃ってるな」
僕は今、職員室…ではなく、国語準備室へと来ていた。
職員室では何かと落ち着いて話が出来ないだろうからと、僕の担任になった柳原(やなぎばら)先生が気を利かせてくれたのだ。
 香織ちゃんとはそこで別れている。
 九木とは言わずもがな、お互い怒り心頭であのまま別れていた。
「あとは学生書に貼る証明写真だな。まっ、これはいつでもいい」
「はい」
柳原先生は女性の先生だった。歳は23で、如月先生とは同い年らしい。
彼女も去年、新任としてこの学校に赴任し、今年からクラスを持つことになったそうだ。
『ラッキーだったわね』
とは、香織ちゃんの言。
『英里先生は男女問わず、生徒達にすごい人気があるのよ。だからこそ、二年目でクラスの担任を持つことになったんだから』
それは少し話しただけの僕にもなんとなく頷けるものだった。
彼女はなんというか、裏表がないのだ。
さばさばした物言いは、媚を含まず、細やかな気遣いはその人の心情をよく慮っている。
『親切な先生』というより『親しみやすい姐御』と言った感じだ。
綺麗さより、りりしさが強く出ている外見がそれに拍車をかけるのかもしれない。
「こんな小難しい書類より、お前の話を聞かせてくれないか?」
先生は短く切り揃えた髪を掻き上げながら言った。僕はしばらくの逡巡の後に、頷いた。
「すまないな。私はどうも文字を読むのが苦手でな。自分でも国語の教師をしているのが不思議なくらいなんだ」
「構いませんよ」
「それでは、単刀直入に聞く。記憶を無くしたというのは本当か?」
僕は首を縦に振った。
「それはどの程度のものなんだ?」
「事故に遭う以前のことはまるで…。僕のこと、周りの人のこと、周りで起きたこと。全部です」
「私の目から見た限りでは、話し方が変わったくらいで馬鹿になったようには見えないが?」
(本当に裏表がないな)
僕は思わず、顔に苦い笑みを刻んでしまった。それに構わず、僕は答えた。
「それは僕が『再生』の一部にだけ障害を持ってしまったからだと聞いています」
「どういうことだ?」
訳がわからない、といったように彼女は顔をしかめた。
だから、僕は三日前に聞かされた医者の話と、僕なりにそれから考え付いたものを織り交ぜて彼女に聞かせた。
「――つまり、僕の脳はそれまで『保存』していた情報を忘れてしまったのではなく、呼び出すことが出来ない状態になってしまったんです」
僕は頭を突いてみせた。「それも全てを呼び出せなくなったわけじゃなくて、過去に覚えた知識、習慣、文化なんかは何の支障もなく呼び出せるみたいなんです。それを証拠に、僕は言葉も話せるし、字も書けます」
『おまけに、昨日の夕飯は僕が作りました』
とは、僕の心の声だ。
先生は難しい顔で、唸り声をあげた。
 彼女なりに僕の言葉を消化しようとしているのだろう。
「つまり、こういうことか、竜堂…」
しばらく間を置いてから、先生は続けた。
「お前は自分のことや周りのことを思い出せない代わりに、学校で身につけた知識や自分で手に入れた特技などは忘れていないということだな?」
「そういうことになります」
言葉と同時に、体でも肯定を表す。
先生は足を組み直してから、言った。
「…よくわかった。このことは私から各教科担当に伝えることにするが、構わないな?」
「はい。よろしくお願いします」
僕は頭を下げ、先生はそんな僕に頷き返した。
「それにしても、私はツイているな」
「なにがですか?」
言葉の意味がわからず、僕は首を傾げた。
「お前は朝の騒動を見て、何も感じなかったのか?」
「朝の?」
僕の頭に憎たらしい九木の顔が浮かんだ。
「九木のことじゃないぞ」それを読んでいたかのように、先生はすかさず訂正する。
「それ以外の生徒達の反応だ。普通、ただの一般生徒が戻ってきたくらいで、あんな騒ぎが起こると思うか?」
「仰っている事の意味がよく理解できないのですが…」
「中身が変わっても、お前は相変わらず、鈍いままだな」
面白いものを眺めるように、先生は顔を綻ばせた。それに少しカチンッとくるものはあったが、僕は堪えた。
 わからないものはわからないのだから、しょうがない。
「つまり、あいつらにとってお前は、入院して一年留年したただの生徒ではないということだ。私の言いたいことはわかるな?」
「いえ、全く」
 チンプンカンプンだ。
「本当にどうしようもない程に鈍いな、お前は…。有体に言えば、お前は我校の『アイドル』的存在だということさ」
「あ、アイドル!?」
「そっ、アイドルだ」
驚きのあまり、そのまま聞き返してしまった僕に、先生は事もなげに言い切った。


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