投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

『異邦人』
【その他 恋愛小説】

『異邦人』の最初へ 『異邦人』 8 『異邦人』 10 『異邦人』の最後へ

『異邦人』-9

あの日、病室のベッドの脇に座って、光は同じ様に手を握っていた。
『ごめんなさい…光』
弱々しい声が聞こえた。
『な、なんだよ……やめろよ。謝んなよ……』
声の主は精一杯の笑顔を光に向ける。その頬を一筋、伝うものがあった。それを拭おうと光は手を伸ばしたが、指先が震えて上手くいかない。

『今まで……』
ふいに彼女が呟いた。
『やめろ!……頼む、やめてくれ……』
その先を言わせまいと、光は叫ぶ。か細い指がそっと唇に触れ、言葉を止めた。
『ダメよ……ちゃんと聞いて……。あたしの最後の言葉……』
『み、美幸……』
『今までありがとう……。あたしね、貴男と出会えて良かった……。短い間だったけど、すごく幸せだったわ……。悔いが無いって言ったら嘘になるけど、満足してるの……』
『………』
鼻を啜る音が病室に響く。それでも声を漏らさずに彼女の最後の言葉に光は耳を傾けた。
『二つお願いがあるの……聞いてくれる?』
『あ、ああ……。いくつだって、聞いてやるさ。』
涙声で光は答える。その言葉に彼女は小さく笑って、そっと首を振った。
『二つだけでいい……一つはね、笑って送って欲しいの。光がいつまでもそんな顔してたら、心配しちゃって向こうに行く途中で迷っちゃいそうだから……』

溢れる涙で彼女の姿が滲(にじ)む。それでも彼女の望みに応えようと、光は無理矢理に唇の端を持ち上げた。しかし、それは笑顔とは程遠い歪んだ顔だった。
『もう一つはね……あたしを忘れて……』
彼女の台詞に光は目を見開いた。言葉を失い、ただただ見つめる。
『ふふっ……驚いた?本当だったら忘れないでって言うんだろうけど、忘れて欲しいの……。だって、光の重荷に…なりたくないから……。すぐには…無理かも……しれないけど、あたしを……愛してくれた……様に………誰…かを……』
彼女の声は途切れ途切れになり、急速に力を失っていく。
『美幸?……おい!美幸!!しっかりしろよ!!』
『さよ…なら……光……愛…して…るわ…』
『美幸!!美幸ぃーっ!!!』


それが彼女の最後の言葉……
光がいくら泣き叫んでも、彼女が二度と再び目を開ける事はなかった。

ハッと光は目を覚まし、顔を上げた。看病疲れから、つかの間眠ってしまったらしい……。慌ててルーンの方を見ると、彼女は静かな寝息を立てていた。
ホッと胸を撫で降ろし、光は額に浮いた汗を拭う。
「何だって今更、あんな夢を……」
途中まで言い掛けた光だったが、思い直したように首を振った。そう、分かっているのだ理由など……。似過ぎている、あの時と…

「頼む……元気になってくれ。」
ルーンの寝顔を見つめながら、祈るように光は呟いた。


『異邦人』の最初へ 『異邦人』 8 『異邦人』 10 『異邦人』の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前