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『異邦人』
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『異邦人』-19

「あ!まだ部屋の片付けが残ってたんだっけ……光さん、また来ていい?」
突然立ち上がると留衣はそう言った。
「ああ、構わないよ。それと『さん』は、いらない光でいいよ……留衣。」

ズッキンッ!!

「ぐっ!!」
さっきとは比べられないぐらいの痛みに光は呻き声をあげた。割れる様に頭が痛み、身を屈めて苦痛に顔を歪ませる。
「光さ…光!大丈夫?」
悲鳴の様な声を上げて留衣は駆け寄った。
「大丈夫……だよ。おかしいな…こんな事、今までなかったのに……」
それでも何とか笑顔を作り不安気な留衣を見送ると、光はベッドに倒れ込む。徐々に痛みは薄れていき、安堵感と虚脱感から光は浅い眠りに落ちて行った。


光に見送られ廊下に出た留衣は、名残り惜し気に何度か振り返りながら自室に戻る。後ろ手で扉を閉めるとそのまま、扉に寄り掛かった。胸に手を置き、震える呼吸を整える。
「大丈夫……きっと上手くいくわ……」
小さな手を握り締め、留衣は、静かに呟いた。


朦朧とした意識の中、自分が見ていたのは夢なのだろうか……

雨の降る路地を光は歩いていた。軒下に蹲(うずくま)る少女がいる。しかし、まるで影絵の様に、人影は黒いシルエットで女性であるという事しかわからない。そのシルエットに自分は話しかけている。
『君、どうしたの?一人?』
影が、ゆっくりと顔をあげた。

(誰だ?)

ガバッと光は身体を起こした。
「夢……か。」
大きく溜息をついて光は呟く。軽く頭を振っても特に痛まない。どうやら頭痛は治まったらしい。

「しかし、今の夢は一体……」
それは、夢と呼ぶにはあまりにもリアルだった。けれど記憶に無い出来事なのだから夢に違いないのだろう。光はそう理由付けた。

そして翌日……
朝から憂鬱な雨が街を包んでいた。光は窓の外を見つめて溜息を付く。

雨が嫌いなのは今に始まった事じゃない。だけど、何かが違う。何かがおかしいのだ。雨音は鼓膜を擦り抜け、直接心に響いて来る。そしてそれは、光の心に一つの単語を形作った。

理由などわからない。だけどそれは余りにも自然で、当たり前の様に在った。

『切ない』と……


ピンポーン……

思考の連鎖を遮る様に、呼び鈴が鳴った。極力、友達付き合いをしない光の部屋を訪ねる者など、ここ最近は一人しかいない。光は、ゆっくりと玄関に行くと扉を開けた。扉越しに見せる留衣のいつもの笑顔。しかし、出迎えた光を見るなり表情は一変する。
「どうした?変な顔して……」
「光……なんで泣いてるの?」
「え?」
留衣の言葉に光は慌てて頬を拭った。そして、手の甲に残る涙の跡……
「なんでだろ?あ、きっと目にゴミが入ったんだよ。多分……」
そんな光の言葉に小さく首を振ると
「ごめんなさい。部屋に戻るね……」
そう言って留衣は静かに扉を閉めた。
「あ、おい!」
追い掛ける様に、一旦は手を延ばした光だったが溜息を付いて手を戻す。

部屋に戻る途中で洗面所の鏡に映る自分の顔を見た光は肩を竦めた。
「これじゃあ、誤魔化し様も無いか……」
その顔は泣き腫らした様に真っ赤な目をしていた。
「一体どうしちまったんだ?俺は……」

夏が終わる頃から光は、この不思議な現象に悩まされていた。
それは雨の日……しかも今日の様な小雨が降る日に限って起こる。
何故か胸の奥が締め付けられて、堪らない程に切なくなっていく……
そして気付けば必ずと言っていい程、自分は涙を流していた。

「さてと、飯でも作るか……」
誰に聞かせるでもなく光は呟く。こんな日は、何をするのも億劫で仕方ない。けれど、少しでも気分転換になればと光は台所に立った。

「あ!くそっ!またやっちまった!どうしてなんだよ!!」
しかし、その数十分後には苛立たしげに光は呟く。夏の終わりは奇妙な癖を光に植え付けていた。こんな日に食事を作ると、何故か二人分作ってしまうのだ。

今の光の記憶の中にルーンは存在しない。けれど、身体は覚えているのだろう。あの、楽しかった日々の事を……

二人分の料理を微笑みながら一緒に食べた相手がテーブルの向こうにいた事を……


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