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『異邦人』
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『異邦人』-20

廊下に出た光は、軽く咳ばらいすると小さく扉をノックした。
「留衣……。あのさ、飯作り過ぎちゃって……よかったら一緒にどうかな?」
しばらく返事を待ってみる。だけど、返って来る様子がないので光は溜息を付くと部屋に戻ろうとした。

ガチャッ

すると、後ろから扉の開く音が聞こえて慌てて光が振り返ると扉の隙間から顔を出して留衣がこっちを見ていた。
「行っていいの?」
「ああ、おいで……」
笑いかける様に光が言うと、顔を綻ばせながら留衣は走って来た。


「さっきの事、気にしないでくれな……」
留衣の分の料理を小皿に取り分けながら、光は言った。
「うん。誰だって哀しい時があるし、言いたくないコトがあるよね……」
小皿を受け取りながら、留衣は頷く。
「違う違う!そういう意味じゃなくて……」
慌てて両手を振って光は否定した。何が違うの?そんな事を尋ねようとしている留衣の表情に光は溜息を漏らす。
「哀しいとか、言いたくないとかじゃないんだ。正直に言うとよくわからない……。それが答えさ……」
箸を置いて光は窓の外に目を向ける。
「なんでだろうなぁ……。今日みたいな日はおかしくなるんだ俺。訳も無く切なくなって、辛いんだ。まるで、大切な何かを失ったみたいに……」
外を見つめたまま、光は小さく笑った。
「おかしいって言えば、こんな日に飯を作ると何故か二人分作っちまうんだよ。馬鹿みたいだろ?」
そう光が言っても留衣からの返事は無い。外へ向けてた視線を戻すと光の視界には、俯いた留衣がいた。
「…留衣?」
躊躇いがちに光は名前を呼ぶ。その声に反応して顔を上げた留衣の瞳には、涙が溜まっていた。
「どうしたんだよ留衣。」
「光……」
「な、なんだよ?」
「塩の固まりが入ってた。カライよ……水ちょうだい……」
一瞬、呆気にとられたものの一拍遅れて吹き出すと光は笑い出す。それにつられる様に留衣も静かに笑った。


「ごちそうさまでした。美味しかったよ。お腹いっぱい……」
微笑む光に頭をペコリと下げて留衣は自分の部屋に戻り、扉を閉めるとそのままベッドに倒れ込む。
「……光……」
留衣は掠れた声で光の名を呼ぶ。そして微かな啜り泣きが部屋に響いた。さっきまでの笑顔は消え失せ、留衣の瞳から溢れた涙は枕を濡らしていく……
「ごめんなさい…塩なんて入ってなかったんだよホントは……」
留衣の言葉はそこで途切れ、後はただしゃくり上げる泣き声だけが静かに響き続けていた。


その夜、自室で寝ていた光はうなされていた。
(まただ……またあの夢だ……)
夢の中で光は呟いた。耳に響く雨音……まるで何かのキーワードの様に、夢の中では必ず雨が降っている。しかし、今日は場面がいつもと違っていた。

夢の中で光は自分の部屋でいつもの様に座っていた。そしてテーブルを挟んだ反対側に少女が座っている。だけどやっぱり、その姿は黒いシルエットで誰かはわからない。でも、同じ少女であるのは間違いないと光は何故かそう思った。

『光、ココアが飲みたいな……』
『×××……お前、本当に好きだよな……』
シルエットの問いに答える自分がいる。

(俺は、こいつを知っているのか?)


断片的な夢はそこで途切れ、光は目を覚ます。そして傍らの枕を掴むと力まかせに壁に叩きつけた。
「一体何だって言うんだよ!!頭がおかしくなりそうだ……」

頭に浮かぶ夢とは思えない程リアルな情景。そして雨の日に起こる奇妙な出来事……

雨音がすべての鍵を握っているのだろうか……

消された記憶の綻びが光の心を激しく乱していた。


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