『異邦人』-16
もっとも肝心な事……、ルーンの安否について光が尋ねると、躊躇する様に彼女は質問を切り返す。
「……その前に、ここでこの子に何があったのか知りたいのです。光さん、申し訳ありませんが、貴方の心を少しだけ見せて頂けませんか?」
それがルーンの為になるのであれば……。躊躇(ためら)いながらも光は小さく頷いた。光の手の上に彼女の白い手が重ねられる。そのまま、まるで瞑想するかの様に彼女は静かに目を閉じた。
今、自分は心の中を覗かれている……
了承の上とは言っても気持ちのいいものではない。そんな事を光が考えていると…
「そんな!まさか!!」
彼女の瞑想は驚愕の声とともに中断された。レオナの手を握っていたギースも驚きの表情になっている。
「なんなんですか?一体……」
ただならぬ雰囲気に光は恐る恐る尋ねた。
「これは『反魂(はんごん)の法』!!……まさか、この子が……」
光の言葉にも気付かないのか、うわ言の様にレオナは呟いてる。
「反…魂?」
そこで初めて光の言葉に気付いたレオナは息を整える様に胸に手を当てる。
「すみません……取り乱してしまって……。『反魂の法』とは死者の魂……と言うか、意識を呼び寄せる超高等法術なのです。余程の修行を積んだ者でもなかなか成功しません。実際、成功例を見たのは私も初めてです。それをこの子が……」
彼女の言葉を聞きながら光は思いふけっていた。
(お前の言う通りだったよ、美幸……。だけど、その為にルーンは……)
ぎりぎりと光は歯噛みする。
「俺が……俺のせいで……」
光の頭は下がってゆく……そのまま、ただじっと俯いていた。
「顔を上げてください。光さん……」
静かに声を掛けられて光が顔をあげると、そこには優しく微笑むレオナがいた。
「貴方のせいだなんて思っていません。まして、責めようだなんて……。見知らぬ世界で一人だったこの子を助けてくれて……今も、こんなに心配してくれている。そんな人をどうして責められるんですか?」
「でも!俺のせいで!」
目を伏せてレオナは首を振る。
「私の言う事は信用できませんか?」
「違います!!ただ俺は……」
「何もできなかった自分が歯痒い……そう思っているのでしょう?」
「!!!」
図星を突かれて光は黙りこくってしまう。そう、口惜しいのだ、何も出来ずにいた事が……。あの日、病室で黙って見ているしかなかった時と同じ様に何も出来なかった自分が……。唇を噛み締め、光は横を向いた。
「安らぎを与えてあげられるだけでも、それは何かをしたのと同じなのよ?だから自分を責めないで。そんな事、この子も……美幸さんも望んでなんかいない……」
彼女の台詞、それは光がずっと待ち望んでいた言葉だったのかもしれない。
たった一言……それが心を癒して行く。
「ありがとうございます。俺……」
膝にポタリと雫が落ちて、その時初めて光は自分が泣いている事に気付いた。
「落ち着いた?……」
光の気が鎮まるのを待って、レオナはそっと話しかけた。光は頷き、軽く首を振る。
「すみません……もう大丈夫です。それより……」
そう、今は彼女の安否が問題である……。そんな光をレオナは静かに見つめていた。
「貴方と知り合えて、ルーンは幸せね……」
少しの間を開けた後、そう言う彼女の声は僅かに震えていた。そしてレオナは、気を落ち着かせる様に小さく息を整えると話し始める。
「話が横道に逸れてしまいましたが、ついでに反魂の法について、もう少し説明しますね。なぜ成功例が少ないのか、それは……」
彼女の説明によると、とても高度な法術である事も理由なのだが、一番の問題は同調(シンクロ)率……つまり、術者と魂が高いレベルで融合しないと成功しないそうなのだ。
「……簡単に言えば、あなたを想うルーンと美幸さんの心が、信じられない程にシンクロした……。それが、彼女をあなたの元に……」
「……呼び寄せた……そういう事なんですね?」
ゆっくりとレオナは頷く……
美幸が自分の元へ現れた理由……それは確かに知りたかった。けれど何かおかしい……なぜ、そこまで詳しい説明をするんだろう?まるで、本題に入るのを避けているみたいだ……と光は思った。
説明を終えたレオナの顔から、いつの間にか笑みが消えて真っ直ぐに光を見つめている……