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『異邦人』
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『異邦人』-17

「話を戻しましょう……。まず、結論から言います。私達はルーンを連れて帰らなければなりません。それが何を意味するのかわかりますか?」
彼女の言葉が光には、とても遠くに聞こえていた。

(わかりますか?)


……《別れ》……

その時が訪れたのだ……。覚悟はしていた……筈なのにこの喪失感はなんだ?
「わかっています。」
偶然の産物……。本来、出会う事などありえない彼女と自分……

そして今、彼女は元の世界に帰るのだ……。二度と会えない場所へ……

(わかっています)

頭ではそうかもしれない……。自分の世界に帰るのが一番いいに決まってる。けれど、心では?……

「そして……貴方から私達に関する記憶を消さなければなりません……」
光は黙って頷く。不思議な夢を見ていた……そう、全部夢なのだ。夢はいつかは醒めるもの……そして忘れてしまうもの……。ならば……

ふぅーっと大きな息をついて光は目をつぶった。少しの間を開けて再び開いた瞳は真っ直ぐにレオナを見つめていた。その瞳に迷いの色など無い。
「光さん……」
長い睫毛が震え、レオナは深い溜息を付いた。すると今まで黙っていたギースがレオナに耳打ちする。レオナは頷き光を見た。
「ギースが貴方にお礼をしたいと言っています……。私達に出来うる限りの事をさせて欲しいと……」
「望みなんて……いや、一つだけお願いがあります。」
「はい……私達にできる事でしたら……」
光は頷き、二人を見つめた。そして一言、

「ルーンの中から俺の記憶を消せますか?」

光の選んだ答え……それは全てを消す事だった。
「ひ、光さん!!」
レオナは驚愕の表情のまま、ギースに耳打ちする。ギースは一瞬目を見開いた後レオナに返事をした。
「記憶を消す事自体は問題ありません。でも!!」
「出来るんですね?では、お願いします。」
「今までの事を……本当にそれで良いのですか?」

視線を逸らしてテーブルの上にある煙草に手を伸ばすと、光は口に咥える。指先が震えてライターの火がなかなか付かない……。やっとの思いで火を付けると、大きく吸い込んで煙を吐き出した。
「多分……それが一番いい事だと思います。会えない人の想い出を引きずって生きるのは辛いから……。もう、あんな思いはしたくないし、させたくない……。俺はもう、思い出す事もなくなるけど……」

レオナは、しばらく何か考え込む様な仕草の後に光を見つめ返した。
「私はルーンの判断に任せたいと思ってます。なぜなら楽しい想い出も、辛い想い出も、それがその人を成長させる糧だから……。もし、あの娘がそれを望むのなら、その時には……」

それは母としての言葉。我が子の成長の為に、辛い思いさえも、あえてさせると言うのだ。暖かく見守りながら……これが母の強さなのだろうか?それならば自分が言うべき事はもうない……光はそう思った。

「最後にもう一度ルーンの顔を見せてください。」
その言葉に頷く二人……光はベッドの傍らに歩み寄り、そっと寝顔を覗き込む。ルーンは、うっすらと微笑みを浮かべ、安らかに寝息を立てていた。さらさらと流れる前髪を優しく撫でながら、光は静かに声を掛ける。
「今まで楽しかったよ……ありがとう。もう、会えないけど元気でな……」
光はゆっくりと立ち上がり、レオナを見て言った。

「やってください。」

なんとも間の抜けた言い方だなと光は思う。しかし、ばっさりと後腐れなくなどと考えていたので、こんな言い方で丁度いいだろうと思って口にした。
「一族の掟とは言え、貴方達を引き裂かなければならないわたしを許してください。」
レオナの手が延び光の額に触れる。途端に光の視界に薄靄がかかり、意識が遠退いて行った。
(さよならルーン……照れ臭くて言えなかったけど、俺も大好きだったよ。)
めまいと供に強烈な眠気が襲ってくる。ここで意識を手放せば、全て終わるのだろう……
思考力が止まり、気を失いかけた刹那、微かに聞こえた声が光の意識を引き戻した。

「………光………」

桜色の唇からこぼれた声……しかし、声の主はまだ夢の世界にいる。

「……光…大好き……」

その言葉に反応する様に光の瞳から涙が溢れ出した。夢の世界から別れを告げてくれている……光はそう感じた。
もちろん、ただの思い過ごしで、単なる偶然である。しかし、夢の中でさえ自分の事を呼んでくれるルーンが光には嬉しかった。更に猛烈に睡魔が襲い、途切れて行く意識の中で必死に抗う様に光は呟いた。
「ああ…俺だって…大好きさ……ルーン……」
そこで光の意識は途絶えた。


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