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『異邦人』
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『異邦人』-10


夢を見ていた。

朦朧(もうろう)とする意識の中で、あたしは夢を見ていた。

それは、とても悲しい夢……

光が泣いていた、病室の中で……
人目も気にせずに、大きな声を上げて……

それだけで、あたしには分かった様な気がした。
大切な人との永遠の別れなのだ。

深い……とても深い悲しみが心の中に流れ込んで来る。

これは本当に夢なの?

まるで実際に、その場所にでも居るかの様に、それはとてもリアルだった。

でも、なんて強い女性(ひと)なんだろう……。優しくて、大きくて、暖かい女性……
あたしには無理だわ。『忘れて欲しい』だなんて、きっと言えない。だけど……ううん、だからこそ元気にならなくちゃ……

元気になって貴男に言うの『あたしはずっと側にいるよ。絶対、悲しませたりしないから。絶対に……』って。でも、どうしたらいいの?言うことを聞かない自分の体が歯痒い。貴男を悲しませたくないのに……もどかしい……
「頼む……元気になってくれ。」
そんな光の声が、微かに聞こえた気がする。貴男の想いに応えたい……

どうしたらいいの?
どうすればいいの?

誰か助けて……
あたしを……光を……



「すっかり暮れちまったなぁ……」
ボソリと呟いて光は立ち上がった。一旦、部屋を出た後に洗面器とタオルを二つ持って戻って来るとベッドの脇に立つ。タオルを一つ持つと自ら目隠しをする様に縛り、小さく息をついた。
「ルーン……起きてくれ。体拭くから……」

ここ数日、歩く事が困難な彼女の体を拭いてあげるのが光の日課になっていた。光の呼ぶ声に、ゆっくりと目を開けてルーンは光を見た。
「うん……ありがとう。ねぇ光?いつも思うんだけど、どうして目隠しするの?拭きづらくない?」
上着を脱ぎながら質問するルーンに光はわざとらしく咳ばらいした。
「どうしてって…んな事、聞くなよ分かるだろ?」
照れ臭そうにそれだけ言うと光はタオルを手に持ち、そっと首筋に当てる。突然、何かを思い付いた様にルーンは光に言った。
「ねぇ光……して欲しい事って言うか、したい事があるんだけどいい?」
いきなり、ルーンに言われて戸惑いながらも光は頷いた。
「いいけど、これが済んでからじゃダメか?」
「すぐに済むから……」
それだけ言うとルーンは光の両頬に手を添える。
「!!!」
突然、自分の唇に触れた柔らかな感触に光は後ずさろうとしたが、両頬に伸びていた手がいつの間にか首筋に巻き付いて、光を逃さなかった。後ろに下がった拍子にハラリとタオルが外れる……。すぐ目の前に彼女の顔があった。硬直する光をよそに、悠然と顔を離して満足げにルーンは微笑んだ。
「ルーン……一体…」
状況が飲み込めず、うろたえながらも、ようやく一言だけ光は呟く。
「これが、して欲しかった事。ううん、したかった事……かな?」
「ルーン……」
身体を離した彼女が、上に何も着ていない事に気付いて、光は慌てて目を逸らした。
「と、とにかくなんか着ろよ……」
「このままでいいの。光、ちゃんと見て……あたしを全部見て……」

何かを決意した様な言葉、強い意思を秘めた瞳に見つめられて光は、それ以上何も言えなかった。
「あたし、絶対に元気になってみせる。だから、心配しないで……。だけど、悩んでいる光を見てるのが辛いの、不安になるの。だから、少しの間だけでいいから抱き締めて……もっと光を感じたいの……」

そう言って光を見つめるルーンの瞳は潤んでいる。そう、彼女は気付いていた。光が悩み、不安になっている事に……。精一杯の笑顔は、自分への心配を少しでも和らげようとしてのものだった。

熱い感情が込み上げる、『愛しい』初めて心の奥底から、そう思った。自然に伸びた光の両腕は、いつの間にかしっかりとルーンを抱き締めていた。


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