飃の啼く…第8章-3
「そ、恋愛に関しちゃ、私のほうが先輩よ。」
茜が得意げに言った。
昼休み終了のチャイムが鳴った。
「今度絶対会わせなさいよ、さくらをそんなに落ち込ませる男の顔を見てみたいもん。」
その日の夜、私はいつものように帰り、いつものように飃にただいまを言い、ご飯を食べ、なんでもない会話を交わし、風呂に入って床に就いた。
そして、最近では当たり前になった悪夢が、飃を襲い始めた。うなり声から始まる悪夢。
「ぅ…はや…て…逃げろ…」
私は、飃の横で体を起こしたまま、飃の苦痛の表情を目に焼き付けた。彼が私に見せることが無い、彼の弱さを。
「触るな…畜生…畜生……」
そして不意に、私には診ることの出来ない、彼自身の中に棲む過去の亡霊が彼に触れる。最近になってよくそいつの影を感じる。言葉の端々に、抑えつけられた殺気の波に。
「よせ…ぇ…っ…」
出来ることなら私に…殺させて欲しい。でも、彼は拒否するのだろう。
「皆…すまぬ……己は……はっ…」
そこで、声の調子が変化した。
「さ……さくら…ぃ…くな……さくら…ぁ…」
彼の目には、涙が光っている。
私は、どこにも行かないよ。行かないよ、飃。
私は飃を優しく揺り起こした。
「っは…!さ、さくら…」
状況を飲み込んでいくにつれ、飃の表情が、混乱から決まり悪さへと変わっていく。
「…起こしたか?悪かった…なんでも無いんだ、気にしないで眠ってくれ。」
荒い息を何とか落ち着け、きわめて平静を装って飃が言う。
私は、拳を作って飃の腹にお見舞いした。
「ぐ…!さくら?!」
「あ…あ…あのねえっ!」
私は、泣き出しそうな震える声を抑えようとしながら、言った。
「そりゃ飃はさ、私よりいろんなことを経験してるし、私よか年上だし、強いし…そんなこと、解ってるけどさ…」
飃の顔を見れなくて、私か布団を握り締めながら、自分の拳に向かって話していた。
「でも、飃が苦しんでるのは私、解るもん。今まで気づかない振りしてたけど、もう無理なんだ…飃が一人で闘ってるのを見るのは、もう我慢できない…」
私は、ついに泣き出してしまった。飃は何も言わない。
「だって…だって…私…飃のこと…っ!」
私はあふれ始めた涙を拭って、しっかり飃の顔を見た。今日、慰めるのは私だ。私が泣いてちゃ、駄目だ。