堕天使と殺人鬼--第13話---3
「えーとまず、ペットボトル六本とパンが三つ……これで大体三日は持つから。えーとそれから……懐中電灯、コンパス……あ、毛布も入ってるからな。流石に夜は厳しいだろうから……。あとこれ、会場の地図。その黒板に描いてあるのと全く一緒のものです。あとは生徒名簿と……それで、これがその支給武器です。」
そう言って三木原が手にした物は、彼の掌の半分も埋まらないほどの小さなオカリナだった。
訳が解らず呆気に取られる生徒たちに気付き、ばつが悪そうに三木原は苦笑を漏らす。
「はは……これは所謂、ハズレ武器って言うやつかな。最も、武器でもなんでもないけど……。みんなに配るデイパックの中にはそれぞれ違う武器が入っていて、こんな風に的外れなくらいのハズレもあれば……物凄いアタリもあります。これはハンデをなくすためなので、上から順番に渡して行くから誰に何が当たるかは……開けてからのお楽しみと言うことで。」
不適な笑みを浮かべながら出した物の全てを再びデイパックの中に押し込み、それを黒板の下に置くと、三木原は荷台の一番上に不自然に置かれていた真っ黒な箱を引き寄せ、適当な机に置く。
晴弥がなんだろうと疑問に思ったのもつかの間、三木原は今度ははっと閃いたような表情をして再び苦笑を浮かべた。
「あー、危ない危ない……重要なことを忘れるところだった。えーっと、このゲームの制限時間なんだけど、それは特にないです。ただ、死亡者が出てから二十四時間後、また新たな死亡者が一人も出なかった場合……コンピューターが自動的にその時の生存者全員の首輪に電波を送信して……全滅――と言う最悪の事態になってしまいます。だからみんな、遠慮しないでどんどん殺しに行けよ。生き残りたかったら……な。あーと、それから基本的にこのゲームに反則はないです。好きなように暴れちゃって下さい。……でも、ここを狙うのはなしな? ……って言ってもここは君達が出発したニ十分後には禁止エリアになるから……ま、意味ないんだけどね。」
やけに弾んだ口調でそこまで一気にまくし立てて、三木原は大きく息を付いた。晴弥たちが完全に大人しくなったことに満足したからなのか、声のトーンが数分前とはまるで違かった。
「えーっと、これでみんな大体分かったと思うけど……最後に質問したい奴はいるかな? いたら、手を上げて下さい。」
おどけたように三木原はそう言ったが、途端に殺伐とした色をその瞳に現せて生徒たち一人一人の顔を見渡した。無駄なことは聞くなと言う意思表示なのだろうか。
しかしそんな中、一人の凛とした声色の少年が手を垂直に上げた。
三木原が些か不機嫌そうな表情になって、その男子生徒を渋々指さす。
「はい……日下くん。」
晴弥はその名前に、未だ呆然とした意識のままだったが僅かに反応して、その少年を探しに瞳をさ迷わせた。――日下……?
晴弥の右斜め後方に、彼――日下望(男子十四番)は立っていた。その声と同じく凛とした目元が、注意深く細められ、三木原を睨み付けるようにして見据えている。
望の目付きが気に入らないのだろうか。三木原が今度はあからさまに不機嫌な顔をして、望の言葉を待った。
「……ここって、弥生島ですよね? ……島の人達はどうなったんですか?」
感情を必死で押し殺したような低い口調で発せられたその言葉に、反応しなかった生徒は恐らく一人もいなかった。
弥生島とは、茨城県東南部にぽつりと浮かんでいる小さな島のことで、先述の三木原の説明通り周囲が約十五キロ、人口は僅か七百人足らずと言う些か取り残された感のある島であるが、今時珍しく緑の多い土地であり産業も盛んに行われている。
茨城県は全国の都道府県の中でもとりわけ何か特徴がある県ではなかったが(交通ルールが守れなさ過ぎていると言うレッテルは有名らしいが)、そんな茨城の名物品はそのほとんどがこの弥生島の作製品であり、中でも?マシュマロ?は全国でも有名であった。
晴弥は口をだらし無く開いて、黒板に浮かぶ曖昧な地図を眺める。――言われて見れば、確かに弥生島に似てなくもなかった。いや、その前に弥生島が本来どんな形をしているのか、記憶が凄く曖昧だ。
今にも涎れが垂れて来そうになるのに気付き、晴弥は慌てて口を閉じる。
そんな晴弥を余所に、暫く三木原と日下望は互いに睨み合いを続けている。緊迫した沈黙が重苦しく、続く。それを破ったのは、三木原の方が先だった。
「……ここが何処なのかは、原則として君達に教えることは出来ません。でも――日下くん、いい質問をしてくれましたね。」
はっきりとしない返答に顔を顰る日下望を尻目に、三木原は新な煙草を取り出して火を付けた。優雅に舞い踊る煙に満足した様子の三木原に、望が更に表情をきつくする。
「こらこら、日下ぁ……そんな顔を担任に向けちゃダメだろ?」
三木原の瞳がどす黒く光ったような気がしたのは、恐らく晴弥の見間違いなどではない。
もしもこのまま望が反抗的な態度を取り続けていたら――言うまでもなく、そこに無残にも投げ出されている二人の少女たちと同じ運命を辿っていただろう。だから晴弥の視線の中にいる望は、目を伏せて、腰を下ろした。首を何度も左右に振っていた。