飃の啼く…第7章-9
電車の中でしたみたいに、私は飃の両脚の上に乗せられた。飃は、私の胸に顔をうずめて、
「この匂いをかぐと、安心する」
と、呟いた。私はなんとなく優しい気持ちになって、そんな彼の頭を撫でてあげた。いつの間にか、飃の手は、着物のすそから私の腿へと上ってきている。
「ちょっとぉ…颯君が…」
「あいつは来ない。」
「な、何で言い切れるのよ。」
「あいつも今頃同じことをしてるからな。」
飃の笑顔にピンとくる。
「あのヤマセさんの妹さん?」
くすりと笑う。若い颯君は、用事が無いときにはいつだって彼女と二人っきりだ。見ているこっちが思わず微笑んでしまう。
ヤマセさんは、村の東の結界を担当する戦士で、ごつい外見だけど、妹は信じられないほど可愛いのだ。
「そうだと思った!」
「ヤマセを説得して、妹と祝言をあげさせてやることにしたんだ。ずっと前から思いあっていたからな。」
今夜を逃したら、もうチャンスがない、とでも言うような口ぶりだった。弟を戦場にやる気持ちは、語りつくせぬほどの苦しみなのだろう。それをほとんど顔に出さないように出来るのは、彼が必死に我慢しているからなのか…
「きゃぁっ」
急に飃に持ち上げられ、そのまま敷いてあった布団に落とされた。その衝撃で、帯が解ける。こうなると、蝋燭の明かりが急にまぶしく思えてくる。
「明かり…消して」
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月明かりの下で見る彼女は、太陽の下で見るよりも神秘的で、妖艶だった。
黒い瞳は濡れていて宝石のよう。半開きになった口から漏れる声すら、いつもと違うように思える。肩の上で短く切られた髪は、黒い華のように滑らかで艶めいている。
感じるところをなめてやると敏感に反応する、この愛らしい肉体が好きだ。
肉体…それだけか?
否。己が守りたいのは、こんな入れ物では無い。瞳の奥に燃えている情熱や、声に織り込まれている知性。手のぬくもりに宿っているやさしさ。もちろん、一番奥に眠っている欲望の潮も。
「何難しい顔してんの。恥ずかしいから、そんなにじっと見ないでょ…」
「さくら、愛してる。」
「…へ?」
考えれば、自分からは初めて言葉にして告げた想いだった。彼女は目を丸くした。
そして、この上なくやさしい表情で微笑んだ。この微笑のためなら、何でも差し出してやれるような、そんな微笑だった。
「うん。私も……」