飃の啼く…第7章-7
「奴らの出現地点は毎回変わる。」
南班の長クダリが、真っ先に発言した。
「この前は真北の方角からやってきました。」
東を守るヤマセがその言葉を引き継ぐ。
「ああ。ちょうど、北を守るイナサが傷を負って、弱っていたときだな。」
「…そういうときには、誰か他の者が結界を張り続けろ、と命じたのではなかったか?」
飃が一瞥をくれた。
「この村には、班長以外に結界を張り続けられるような者が残っておらぬのです。弱音を吐きたくはありませぬが、私がこの状態ではたいした役に立たぬと思います。」
それまで黙っていたイナサが口を開いた。狗族の駆使する術は特殊で、歌によって発動する。旋律や歌詞には村によって若干の違いが見られるため、何人かが協力して発動させる大きな結界のような術は、よその村の狗族との協力が難しい。
「つまり…次に北を襲われたら、侵入を防げない。」
飃はしばらく考え込んだ。その沈黙を埋めていたのは、薪の爆ぜるパチパチ言う音と、遠くで鳴いている、物悲しげな梟の声だけだった。
「ではこうしよう。イナサはこれまでどおり、出来るだけ強い結界を張り続けろ。だが、もしいずれかの結界が敗られた時のために、颯を待機させておく。」
「しかし、颯はまだ子供です…!」西班のヒカタが反論する。
「あいつは結界術の筋が良い。奴に流れるのは戦士の血だ。」
そう言って、班長一人ひとりの目を覗き込んだ飃の顔には、有無を言わさぬ迫力があった。
このやり取りを、まったくの「蚊帳の外」状態で聞いていた私だが、これには戸惑った。どう見ても颯は、若い。戦いに慣れているようには見えないけど…。
「私と妻は、奴らがやってくる道をたどりながら敵の本拠地を探す。これだけの数を毎回よこして来るのだから、かなり目立った巣があると思う。」
元を叩く。このシンプルかつ非常に困難な作戦は、私たちが来なければ成しえないものだった。戦える男たちは、襲撃をやり過ごすたびに減っていくし、村の守りが手薄になること即ち全滅を意味するからだ。
班長が各々の住処へと帰っていくと、飃は弟を呼び出した。颯は村長直々の辞令に胸を躍らせて、立派に戦って見せると言った。それから兄と弟は、私が布団の中でうとうとし始めたときにも、まだ語り合っていた。
次の日も、襲撃はなかった。村の中央にそびえ立つ大きな杉の木には、常に見張り役が居て、以上があると鐘を鳴らして警告することになっている。
私は、何か力になりたくて、村の女たちと一緒に家事を手伝おうとしたが、そちらの人では十分すぎるほど足りていた。なので、まだ小さい子供たちの相手をして遊ぶというのが、当分の使命となった。
「本当に助かります。」
5人の子供を抱えて夫を亡くした狗族の女性はそう言ってくれた。この村では、(ほとんど夫を亡くしているか、かなり若い)妻たちが刀の手入れや防具の整備を行い、娘たちが家事を行う。そのどちらも出来ない子供たちの世話を見てやれるような人手がなかったので、私のような存在は貴重だった。
私は、子供たちと鬼ごっこをしたり、缶蹴りを教えてやったり、絵を描いて遊んだりした。私の絵の腕前は…子供たちといい勝負。そんな程度だったけど。