飃の啼く…第7章-6
私は、兄弟が居るという感覚がわからない。一人っ子だし、父も母も亡くなったから、早くから一人前の大人のような扱いを受けてきた。それが嬉しい時もあるけれど…そうじゃないときも、もちろんあるのだ。
でも、さっきの颯君の様子は、何か変だった。いったいあれは…?
「あ!みんなが帰ってきたよ!」
村の住人は、みんな飃より年下か、同じくらいの年頃だった。最近は他の村の情勢も芳しくないので、この村は、自分のふるさとを追われた大勢の狗族たちの避難所となっていた。飃より年が上のように見える狗族は、大抵がよそから来た狗族だ。
どの男たちもたくましく、どの女たちも気丈に見えた。追い詰められた哀しき民の、苦難の歴史と襲い来ようとしている新たな苦難を背負って、誰もが身体や心、あるいはその両方に傷を負っている。
飃の不在に長を代行している、イナサもその一人だ。
「あたしが長代行のイナサです。さくら殿には、このような山奥までご足労戴き、感謝いたします。」
「こちらこそ、このような盛大なおもてなし、痛み入ります…!」
イナサさんは、左目を布で巻いて眼帯のようにしていた。きっと、大事な何かを守る戦いで奪われたんだ。布には、目の模様が書いてあった。これは義眼の術。失った目の代わりを果たしてくれるものだという。
「イナサ、ご苦労だった。少しの間、長の使命のことは忘れて、楽にしてくれ。」
「はっ、恐れ入ります!」
いまさら気づいたけど、飃ってほんとはすごい人なのかも…。そんな私の心のうちを読んだのか、飃は私を見て、片方の眉をくいっとあげた。うーん…すごく子供っぽいような気もするけどなあ…。
その日の夕食は、みんな村の中央広場に集まって、大きな薪を囲んで座った。私のために、あやうく毛皮の敷物が用意されそうになったけど、丁重にお断りした。
「それより、怪我をしている人たちの足元に敷いてあげて下さい。」
そう言った時に私を見つめる彼らの目が、痛々しいほど感謝の念に満ちていたので、トイレと偽ってしばらく席を立ったほどだ。
飃は、こちらにつくなり、他の狗族と同じような服に着替えていた。上には、白と臙脂(えんじ)色の美しい模様が入った、紺碧の着物。下は、古事記に出てくるような昔風のズボンを履いていた。普段は飾り気のないYシャツに、ジーンズかパンツで済ませている彼も、こうしてみるとこの人は狗族なんだ。立派な長なんだと思える。いや、別に…普段そう思っていないというわけではないけど。
食事を終え、村人たちが次々と家に帰った後、方角ごとに分けられた班の長たちだけが残った。長の飃を交えて、改めて村の防衛会議をするのだ。