飃の啼く…第7章-17
「そなたは…?」
「オレぁ、鎌鼬の夕雷(ゆうかみ)ってんだ。」
確かに、鼬だ。よく見ると、腰の辺りに鎖をまいている。鎌は、彼の体ほどもあろうかという大きな獲物で、革の鞘に収まったまま背中にくくりつけられている。
「して、ご用件とは…」
「今度のこと、お悔やみ申し上げる。俺の村も、つい最近やつらに襲われた。俺の親父の迅雷(じんらい)が、昔あんたを世話してやったって話だが…」
イナサと飃が顔を見合わせた。思い当たる節があるようだ。
「では、あなたは迅雷親方のご子息か?」
イナサさんが聞くと、夕雷はちょっと気まずそうに言った。
「まあ…オレぁ勘当された口だから、そんな大層なもんじゃねえが…。」
私が目を白黒させていると、飃が教えてくれた。
「昔、彼の父上に、刃物の扱いを教わったのだ。」
「それで、その時襲ってきた一味が、自分たちは「澱み」だとか何とか名乗り出やがった。今までそんな風に自分たちの名を明かすのを、聞いたことが無いから不自然に思えてしょうがねえ。」
「確かに妙だ。あやつらは、自分たちに名前が無いのを誇りに思っていた。名前は自らを縛り、個々たる認識を与えるが、それゆえ自らの消滅と言うことへの恐れが生じるため、弱くもなると。」
「だろ?俺の村も大変な損害をこうむったってわけだ。だから、しばらくあんたの村に厄介になって、共同戦線を張ろうじゃねえかという相談をしに来たんだ。ちょっと失礼。」
夕雷は、私のひざの上に乗って、飃と視線を近づけた。
「親父は反対していたが、その親父もこの間の襲撃で傷を負って、もう長くねえ。あんたらには多少迷惑になるかもしれねえが、どうだい?」
「飃、どう思う?」
イナサさんが聞いた。
「…歓迎しよう。だが、今この村の指揮権はすべてイナサに有る。我々の村に移り住む以上、仲間割れを避け、出来る限り彼女の意志に従っていただきたい。」
「よし来た。飃の旦那。それにお嬢方。」
そういうと、私のひざから飛び降りて、暖かい囲炉裏の前に陣取った。「もう一つ、言っておかなきゃならねえことがある。」
そして、肩から提げていた巾着袋から小さな瓶を取り出した。その中には…
「あ!虫…」
その虫は胴体をつぶされて死んでいたが、外見は、まるで陽炎のようだった。
「そうだ、こいつは、澱みのやつの命令に従って、とりついている間、俺たちを操ったり、澱みのやつらへの伝言を届けたり出来る。」
飃はそのビンを受け取って、しげしげと眺めた。不思議そうに、いや…何か、もっと別の表情。疑いのような。夕雷は、その間も話を続けた。