飃の啼く…第7章-16
「長、それに、さくら殿。」
私は、その日ほとんど飃と会話をしていなかった。目を合わせることすら出来なかった。私は、自分の未熟さと、そんな自分を信じていてくれていた村の人たちへの罪悪感に押しつぶされそうで…飃は飃で、罪悪感に深くとらわれていた。
「今回のことを、嘆くのは止めていただきたい。」
イナサさんは単刀直入に言った。
「あなたは、日ノ本狗族八族長のうちの武蔵狗族の長であり、現存する狗族の旗頭のお一人。あやつらに対抗しうる武器をお持ちで居ながら、そのように腑抜けた状態でなんと致すのか!」
「それは…承知だ。だが、己は…お前たちに、申し訳が立たぬ…。」
飃の声には、苦悩がにじみ出ていた。
「思い上がるな、飃!」
イナサさんは、声を上げた。
「イナサ…」
「我らは、幼い頃から一様に、遊び、転げまわり、喧嘩し…泣き虫で喧嘩っ早い負けず嫌い…それがお前だった。今でも大して変わっておらぬわ…。」
イナサさんは、真っ直ぐに飃を見つめていた。そうか、この二人は、同じ村で育った幼馴染なんだ。
「…そんなお前が、全てを背負って、全てを相手にたった一人で向かっていって、どうにかできるものか!だから我らが居るのだ。我らはいつ死んでもおかしくない。それはお前とて同じだ。それに…」
そこでイナサさんは、自分の腕を見下ろした。
「…死ぬる覚悟の無い者など、この村におるものか。」
「…すまなかった……己は…」
イナサさんの顔に、かすかな微笑が浮かぶ。
「ふ、お前がぬけているのは、周知の事実よ。」
そして、二人の友人は、声を上げて笑った。まだ、大人になることの、命を懸けて戦うことの悲しさを知らなかった頃のように。
その時、イナサさんの家の戸をたたく音がした。
「だれだ。」
「恐れ入ります、飃様にお目にかかりたいと申すものがおりまして…」
「通してくれ。」
そこに居たのは、犬でも無いし、猫でもなかった。一人の狗族に抱かれている。小さな獣。
「放さねえか、この唐変木っ」
唐変木と呼ばれた狗族は、その小さな獣を放り投げて出て行った。