飃の啼く…第7章-15
「覚えろ。犬たち。
この黷の御名を。
吾の子等、澱みの名を。
そして哀惜のすすり泣きと共に
憎悪の呟きと共に
吾が名を口にするがいい。」
そのあとは、黷の身体から迸る真っ黒な毒気の群れが、意志を持っているかのように襲い掛かってきた。
その毒気に当てられたものは、ことごとく正気を失った。
あるものは自分の家に火をつけ、あるものは仲間に斬りかかり…
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「…この腕は、颯が持って行きました…」
夜が明け始めた東の空を見つめながら、イナサさんがいった。
「あいつは、最後まで戦っていた。私はあいつに心臓を貫かれてもおかしくない位置に居たのですから。」
イナサさんの目が、感情を取り戻して、歪んだ。
「あいつの声が耳から離れない…あいつは…あいつは、私を傷つけまいと、自分で…自分を……」
私は、そんなイナサさんを抱きしめてあげることしか出来なかった。
その腕の中で、イナサさんが言った。
「…飃に伝えてください。片目の男は…来なかったと。」
その日は、一日怪我人の看病に追われた。毒気に当てられたものは、澱みたちが去った後、まるで魂を抜かれたように、ぼんやりとしていた。生きてはいるが、意識は無い。最悪の状態だ。そんな風にして親を失った子供たちは、只々、母や、父の名を呼びながら泣いていた。この後、この子達は、一生あの状態の両親を看て生きていくことになるのだろう。
飃に、片目の男のことを伝えると、すごい剣幕で私の両腕をつかんだ。
「その男の話、誰に聞いた?」
「え?イナサさん…ただそう伝えてって、言われただけ…。」
そういうと、両手の力が抜けて、「はあ。」と、震える息を付くと、私がそのことについて尋ねる前に、どこかへ行ってしまった。
残された私は、飃の一瞬はなった目に見えるほどの殺気に、釘付けられるようにしばらく動けなかった。
その日の夜、少し回復したイナサさんが、私と飃を家に呼んだ。