『Ｍ』-4
―変化―
肌や髪に優しく触れられるのを感じながら、大きな鏡と向き合って数十分が過ぎた頃、私の肩にそっと添えられる様に手が置かれた。
「いいわよ。目を開けて」
その言葉を合図にゆっくりと目を開け、鏡に映る自分を見る。
「これが、私？」
初めて視る鏡の中の少女は、今までのワタシとはまるで無縁の世界の住人の様。
「そう、あなたよ。でもこれは、当たり前の事よ。素が良かったのだから」
甘く囁く彼女に、私は素直な気持ちを返す。
「…ありがとうございます」
「いいえ。これが仕事ですもの。それに、あなたの様な可愛い娘をもっと綺麗に出来るなんて、嬉しいものよ」
彼女はウインクをして、私を変身させた魔法の道具、自分ではまず使わないような化粧道具を片付け始めた。
「さて、彼ももう準備はできている頃だろうし。……いよいよね。頑張って！」
励まされる意味が分からず私が怪訝な表情を浮かべると、道具を片付け終えた彼女は意外そうに尋ねてきた。
「あら、何も聞いてないの？」
「…はい」
私の返事に暫くの間考え込んだ彼女は、そのまま出入口の前へと立ってドアを開きながら話す。
「そう。でも、彼が話さないのにはきっと理由があるのだろうから、私の口からは何も教えられないわね」
「………」
また疑問と不安が続くのかと、少し落ち込みながら扉をくぐる私。
「でもね、これだけは言えるわ」
そこへ優しい声が降り注ぎ、私は彼女を見上げた。
「彼はとても優しい人よ。時には相手を悩ませてしまうぐらいにね…。そのせいで、これからあなたは辛い思いをするわ」
一瞬、やわらかな色の瞳が寂しげに揺れる。
「けれど、最後まで彼を信じてあげてね」
見間違えたのか、ドアを閉め終えた彼女は微笑みを浮かべていた。
「…わかりました」
何も理解は出来ていないけれど、彼女の励ましによって少なくても不安が和らいだ事に間違いは無い。
だから私はあえてそう答え、背中を押される様に前へと進み始めた。
一体、彼は私を何処へ連れて行くつもりなのだろう。
ドレスと化粧で綺麗に粧し込まれる事に、気分は悪くない。
けれど、そのせいで余計に気になりスッキリしない。
そんな謎を抱えながらも店の通路を進む私は、やがて彼と向かい合った。
「おぉ！……」
いつの間にか身なりを整え、立派な上流階級の人間となっている彼にも驚いたが、それ以上に彼は私に驚き言葉を失っている。
「あまり驚かれては、レディに失礼ですわ」
店員の言葉でハッとした彼は、開けっ放しとなっていた口を一旦閉じて再び開いた。
「ん、ああごめんごめん。いや、さすがと言うか…」
彼の口はまた、閉じる事を忘れている。
「私は本来の彼女の美しさを引き出したまでです」
私を気遣ってくれてか、少し強めの口調で言う彼女。
それでも、自分でさえ誰だ？と思ってしまう程なのだから、彼の反応は当然だと思える。
「そ、そうか。…それにしても、美しい…」
異性に心底誉められる。
それに何処かくすぐったい様な感じがして、私は顔を赤らめてしまった。
「うふふ。やったわね」
と彼女がそっと小声で囁いた。
私は不思議な状況に置かれているはずなのに、彼女への心からの感謝と、凄いの一言に尽きる尊敬の念で一杯だった。