ICHIZU…⑤-4
兄は左投げで綺麗なフォーム。制球力は抜群。かたや弟は右投げで粗削りでダイナミックなフォーム。ボールは速いが制球力はイマイチ。
「バッター・ラップ！」
思いにふけっていたところに主審の声が掛かる。我に還った佳代は慌てて左打席に入ると、右足で地面を数回掻き、出来た窪みに左足を乗せて肩幅よりやや広いスタンスで構えた。バットのグリップは、ひと握りほど余らせている。
信也はキャッチャー山崎のサインに頷くと、ゆっくりと右足を上げるとゆっくりと身体を前に移動させる。
(まだ…)
右手が前に伸びる。右足の爪先がマウンドに着く瞬間、
(いまっ！)
佳代は右足をステップさせながら、上半身をわずかに後へとひねる。バットのグリップは左肩の位置。タイミングはドンピシャだ。
しかし、ボールは佳代の胸元、内角高めに構えた山崎のミットにおさまっていた。
(何…今の…投げたと思ったら、ミットに入ってた…)
初めて〈信也の全力投球〉を見た佳代は驚きの表情を隠せなかった。スピンの効いたボールは手元で伸びる。
佳代は一旦、打席を外すし3度素振りをして再び打席に入ると、今度は打席の一番後で構えた。
山崎がカーブを要求する。が、信也は首を横に振る。今度はスライダーを要求する。再び首を振る信也。
(女相手に変化球なんか投げるか)
山崎がストレートのサインを出すと、信也はようやく頷いた。
2球目。今度は真ん中低め。佳代はタイミングを少し早めたが、それでも振り遅れていた。
佳代は打席を外すとネクスト・サークルに置いてある滑り止めを塗る。
「どうだ？信也の球は」
訊いたのは2番の仲谷だ。
「メチャクチャ速い。このままじゃヤバイ…」
そう言うとバットを一番軽いヤツに替えた。一度素振りする。さっきより風切り音が高い。
(小さく…小さく振れ)
打席に戻って構える佳代。信也はミット目がけて思いっ切り腕を振った。
今度はド真ん中。佳代はステップした右足を軸にして身体を回転させてバットを振る。〈チッ〉と音を立ててボールは山崎のミットにおさまった。
「バッター・アウト！」
山崎は内心驚いていた。
(タイミングは合っていたな…たった3球で…)
「アイツ、相当振り込んでるな」
山下はとなりに座る直也に言った。直也は怪訝な表情で、
「何で分かるんだ？」
「さっきハイ・タッチしたろ。あの時、掌がカチカチだった」
「オマエよくそんな事気づくなぁ」
半ば呆れ顔の直也に山下は冷静に答える。
「キャッチャーは冷静さと観察眼が大切なんだよ」
佳代が戻って来た。