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和州道中記
【その他 官能小説】

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和州記 -紅梅ノ女--1

まだ十五になったばかりの少年は、目の前に広がる異様な空間に囚われた。
薄ら暗く、香の甘い香りが立ち込めている。
時折聞こえる女の嬌声は、未だ幼い顔立ちの少年が来るには些か不似合いな場所だ。
「はは、初めてなんで驚いとんのや」
呆けたような少年の表情に、笑いを含んだ声。
不精髭に伸びっ放しの長髪を除けばかなりの美男であろうその男は、変わった訛りでもって傍らの女に言った。
美しく結い上げた髪に、紅をさした唇が艶かしい女。
紅梅(こうばい)と言う名のその女は、この茶屋の女主人であり遊女である。
今彼等のいるこの都には官許の遊廓と言うものがない。
裏でひっそりと色を売っているこの店はそれなりに繁盛しているようだった。
そして髭に長髪の男は、小さなこの茶屋の常連客であった。

「可愛い顔してるねぇ、もう知ってるのかい?」
「いや…だから連れて来たんや。味をしめたら俺みたいに手が付けられんかもな」
軽い調子で笑う男は、蘇芳(すおう)。そして彼が連れて来たと言うのが、蘇芳の弟子、一紺だった。
幼い頃に両親を亡くした一紺を拾い、彼を育てつつ読書きや剣を教えたのが蘇芳。
そうして逞しく育った一紺は、蘇芳の自慢の弟子であり弟であり、また息子であった。
そんな一紺が先日の夜中に一人で励んでいる姿を、蘇芳は目にしてしまった。
蘇芳自身がなかなかの好き者であるから、年頃の一紺のことを察してやったのだ。
「ま、そんなわけでな」
「お前さんは遊んでいかないのかい?」
「当然、遊んで行くに決まっとるやろ」
笑う二人をよそに、一紺は頭に巻いた手拭の端を弄びながら言う。
「ったく、いきなり来い言うから何やと思うて来てみれば、蘇芳も好きやなぁ」
「はッ、筆下しも済んでおらんガキに言われとうないわ」
言い返す蘇芳に、一紺は少しだけ顔を赤らめ頬を膨らませた。

――酒を豪快に飲む蘇芳の姿に、一紺は苦笑した。
右に座る女の懐に手を入れ、左に座る女の腰に手を回しているところを見ると既に酔っているようだ。
(ようやるわ)
自分の師匠が好色と言うことは以前から知っていたが、女遊びに馴れた様子の彼を改めて見ると、羨ましいと言うか何と言うか。
一紺は、ぐいと酒を呷った。
「あらぁ、良い飲みっぷりねぇ!歳は?」
遊女達は皆様々色とりどりの着物を纏っている。浅黄色の女が言いながら一紺に擦り寄った。
「ん、十五」
「かっわいー!」
「若いわぁ、肌綺麗ねぇ」
群がる女達。細い女の指に撫でられた一紺の頬が赤らむ。
蘇芳はそんな一紺に一瞥を加えると、先程から喋っていた女と奥の部屋に消えた。
それを見て、一紺は女達に言う。
「…なあ、蘇芳ってどんな奴?」
「蘇芳の旦那?」
「あの髭は頂けないけどぉ、逞しくってぇ…」
「…あの胸板に抱かれるのを想像しただけで、ねぇ?」
彼女達の言葉を聞いている限り、彼は大分色々な女に手をつけているようだった。
酒を一口含んで、一紺は煙管を吹かせている紅梅を見やった。
彼の視線に気が付くと、紅梅は艶やかな笑みを浮かべる。
立ち上がると、優雅な足取りで一紺の前まで歩んだ。彼女は、煙管で一紺の顎を上げさせると、耳朶を犯すような艶かしい声で言う。
「蘇芳はお楽しみ中だってさ。坊やは…どうする?」
坊や、と言う言葉が挑戦的な紅梅の紅い瞳を見つめる一紺。
暫く考える素振りを見せた後、彼は口の端を吊り上げた。
そして挑戦的に煙管の先を引っ掴んで言う。


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