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抱きしめたい
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抱きしめたい-4

「ユウは…。大久保 悠真って人なんだって。今、事故に遭って意識が戻らないまま入院してるんだって。」
嬉しい筈なのに。ユウが生きているってわかって、ユウの事がわかって。
あたしは酷い人間なのかもしれない。
この状況に居心地の良さを感じて、ずっとユウにそばにいて欲しいなんて思ってる。
でも、ちゃんとわかっているから。このままではいけないってこと。
「明日、病院に行こ?」
あたしはちゃんと笑って言えたのだろうか?
「行きたくない。」

喜んで「行く」と言うと思ったユウは、予想に反してむっとしていた。
行きたくない…って。
「なんで?自分の体に戻れるんだよ?」
「戻らなくていい。」
一体どうしたというのだろう。嬉しい事の筈なのに。
「記憶だって全部…。」
戻るんだよ?
「…じゃあ、今の記憶はどうなるんだよ!」
吐き捨てるように叫ぶ。
「今…?」
はっとする。
そうだ、出会った時に元の記憶がなかったってことは、逆の場合…。
背中がゾクリとした。
ユウが自分を忘れる。一緒に過ごした時間も全部、跡形もなく。

「自分の体にもし戻れたって、この記憶が残ってる保証なんてないだろ?…俺、嫌だ。麗のこと忘れるの。この時間のこと、忘れたくねぇよ。」
そう言うと、ユウはあたしを抱きしめるように手を回した。
触れているわけではない。ただ、重なっているだけ。
なのに、抱きしめられているように暖かい。
嬉しかった。自分を忘れたくないって言ってもらえて。
視界がぼやける。
それだけで、もう十分…。
あたしはユウの背中に手を回す真似をして見上げた。
「本物とこうしたいよ。…ちゃんと向き合いたい。」

精一杯の笑顔で言った。
「でも、記憶が…。」
「今の記憶、無くなるなんて限らないじゃん。」
どちらにせよ今のままじゃ、何も変わらない。
暫く沈黙が続いた。
「…わかった。俺、絶対忘れないから。麗のこと。」
お互いの気持ちを確認するように見つめ合う。
そして、どちらからともなく形だけの…キスをした。

K病院、203号室。
〈大久保 悠真〉
ノックをした後、カラカラと病室のドアを開けた。
病室にベッドは1台。どうやら個室らしい。
静かな病室に、モニターの音が規則正しく響いている。

布団から出ているユウの顔は特に外傷も無く、眠っているようだった。

「俺…だ。」
そう呟いた途端、ユウの体が薄くなった。
本当にお別れ。
「ユウ…あたしは、絶対忘れないから。ユウと一緒にいられたこと。ユウがあたしを忘れても…忘れないから…っ。」
涙がぼろぼろ溢れ出す。きっと凄く情けない顔をしている。
ユウはそっとあたしの頬にキスをする…真似をして「泣かないで。」と耳元で優しく囁いた。
「ごめんな…。ありがとう、麗。俺…麗のことが好きだよ。」
ユウは優しく笑って言った。

最後の方はもう消え入りそうな声だった。
行かないで…。
そう叫びたかった。
あたしは、その場にいられなくなり病室を後にした。
本物のユウに会いたかったけど、「誰?」と聞かれるのが怖かったから。
「ずるいよ、ユウ。自分だけ告白して…。」
苦笑いして、空を仰ぐ。
…あたしもユウが好き。
その言葉が届くことはなかった。


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