僕とお姉様〜ファースト***は***の味〜-2
「ただいまー」
静かな玄関に声は響くが返事はない。誰もいないようだが僕の部屋では等間隔の寝息がする。
今日もお姉様はバイトの出勤時間ギリギリまで起きないらしい。ほんとによく眠る人だ。
勝手に赤とピンクに模様替えされた部屋にはだいぶ慣れたけど、いつまでたっても慣れる事ができないのはお姉様の寝る時の格好。
思いっきり肌を露出したキャミソールにハーフパンツ。街中で他人が着ている分には気にならないが、自分の部屋で好きな人がそんな格好で寝てたら誰でも一瞬は焦るだろ。
そしてついつい観察しちゃうだろ。
ここまで完全に無防備な姿をさらせるのは、僕を全く男だと思ってないからこそだな。
起こさないようそっと枕元に近づいた。
首から下はセクシーなのに、寝顔は何度見ても鼻で笑ってしまう。いい大人がよだれ垂らしてほっぺに寝痕つけて…
「…………っ」
ハッとしてぶんぶんと首を横に振った。
自分でも不思議なくらい漠然とこの人に触れたいと思ったからだ。
それはいかんだろ。
そうだ、良くない。
絶対ダメだ。
突然湧いて出た小さな欲求を払拭したくて自分自身に言い聞かせるも、目の前の甘い誘惑には勝てなかった。
僕の手はゆっくりお姉様の顔に向かって降りていく。
『口の中に髪の毛が入ってるから取ってあげようと思って』
既に頭の中にはバレた時の言い訳が用意されていた。
息苦しさを感じるほどフル稼働する心臓。
手は徐々にお姉様との距離を縮め、小刻みに震え出す。
あと5センチ…、4、3、2…
『ピピピピピピ!!』
「!!!!」
ミリ単位まで迫った所で突然けたたましいアラーム音が鳴り響いた。
触れかけていた手をすぐに引っ込めて勢いよく後ろに下がって思わず息を止めた。
アラームの正体は携帯の目覚ましで、お姉様の手が音を探してごそごそと動き出す。さっきまでの僕には気づいてないらしく、そこでようやく呼吸を再開できた。
あ―――、びっくりした!!
びっくりしたあぁぁ!!!!
セキュリティーでも付いてんのかと思ったわ!!
目を覚ましたお姉様は、壁にもたれてうずくまる僕を不審そうに見つめている。
「おかえり。…どしたの?」
「………別に」
「そう?」
平静を装って制服のポケットに手を突っ込んで、
「…あれ?」
いつもと違う感触を指が捕らえた。
それは昼休みに貰ったあのメモ用紙。すっかり忘れてた。
四つ折りにされた小さな紙を開いて今更ながら中身を確認すると、そこには恐らくこれをくれた子のクラスと名前と携帯番号とメールアドレスが書かれている。
…これは、あれか?
連絡下さいってやつか?
それに集中しすぎて気づかなかったが、いつの間にか真後ろに来ていたお姉様が僕の肩越しにそれを読み始めた。
「1-2藤森実果、090…」
慌てて紙を丸めても後の祭り。
「実果ちゃんって誰?」
からかう要素を見つけて、嬉しそうにニヤニヤしながら声をかけてくる。
「知らん」
「知らないわけないでしょ―?じゃあそれは何」
「知らないよ!いきなり渡してすぐどっか行っちゃったんだから」
「しっかり受け取ってるじゃん」
「いきなり目の前に出されたら貰うしかないだろ」
僕はありのままを報告しているのに、今日のお姉様はやたらしつこい。顔は可愛いのかとかスタイルはいいのかとか。着替えながら全て知らないと答えるが信じようとしない。
「可愛いから受け取ったんでしょ」
違うって言ってるのに…。
そんなやり取りを何度か繰り返すうちに、真面目に答えるのがバカバカしく思えてきた。どうせ信じてもらえないなら何を言っても意味がないじゃないか。
「やっぱり可愛かったんだー。男はすぐ顔で選ぶんだから」
背中から聞こえてくるからかいの声を聞き流せないところが僕の子供の部分なのかもしれない。ついかっとなって言い返してしまう。