結界対者 第一章-10
「おまえ、一体何を……」
訊かずにはいられない、現実がここにある。
それは、数分前、確実に、この教室で惨劇が起った事。
しかし、彼女が何かを唱えた瞬間に惨劇の起る前の状態に……
まさか、時間が…… 戻った、のか?
「アンタに、おまえと呼ばれる筋合いはないわ。私はセリ」
此方に歩み寄りながら、更に
「結界、刻の鐘の対者、間宮セリ」
と名乗る。
良く見ると、俺の肩程の身長……
赤い瞳を端正な顔立ちの中に爛々と輝かせ、先程よりも更に得意気に、勝ち誇りった様に。
ケッカイ? ツイジャ? 解んないぞ、なんだそれ……
困惑する、しかし相手は構わず更に距離を詰め
「アンタも名乗りなさいよ!」
と、鼻を鳴らしながら向き直る。
「名乗るって…… 俺は…… 柊…… イクト……だ」
「違うっ! そうじゃないでしょっ!? あなたは旋風…… 」
言いかけてピタリと止まり
「まさか、あなた…… 何も、知らないの?」
と、今度はハッとした様な表情を見せた。
「何も? 何もってなんだ?」
更に困惑する。
しかし彼女は、そんな俺の様子を、チラリと上目使いで認めた途端
「わかった…… ちょっと一緒に来て!」
と、唐突に俺の右手首を掴み、グイっと引いた。
「うおっ、なんだよ! 大体、行くって何処に……」
「いいからっ!」
彼女は更に引く手に力を込め、俺はなすがままに教室の外へと連れ出された。
まったく、なんだっんだ、一体。
―5―
「……なあ、さっきのアレ、一体何だったんだ?」
彼女に教室から連れ出されて暫くの後、俺は校舎の外へと導かれ、校門前の街路樹の下を彼女の背中を追いながら歩いていた。
その暫くの間に、幾らか胸の内の混乱が落ち着いたので、改めて訊いた訳だが、目の前の彼女の背中からは
「それすらも解らないの?」
と呆れた声が返ってきた。
「解らないから訊いているんだ、そんな言い方はないだろ?」
「まったく…… アンタ、栞さん…… いえ、アンタの母親と、話とかしなかった訳?」
シオリ……
不意に彼女が口にした俺の母親の名前が、耳の中で鋭さを増して、その奥に突き刺さる。