例えばそれが、夢である必要-4
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「高橋が調子悪そうにしてたからさ。 ただそれだけだよ」
僕は大体、そんな事を言った。
「わかってるよ、タケダ。 クラスの奴等に言われたんだろ?お前は別に、そんな事は気にしない」と高橋は言った。やはり機嫌の悪そうな声で。
「なぁタケダ、俺はさ、おかしくなってしまったみたいなんだ」
“なってしまったみたい”…いつもの高橋なら絶対に言わない、曖昧な表現であった。
その時の高橋の声は、しかし抑揚のない調子で、彼らしくない。高橋は話し方は、何か人を肯定するような、そんな韻がいつも含まれている。僕みたいな一般人には理解の出来ない様な言い回しで、なるほど彼は話す才能があるのだと、誰もが納得する。そんな高橋も今日は、何か歯切れが悪かった。
「彼女は、不完全な完璧なんだよ」と、高橋は言った。
僕は一瞬―それこそほんの数コンマ―理解に苦しんだ。 それが青山 京子とわかったのはその後の事だ。
「わかるか?タケダ。彼女は不完全なんだよ。 完璧ではないが限りなく完全で、例えばクラスの奴等の様な愚民達には理解ができない存在なんだ」と高橋は辛そうに言った。
「そうかな」と僕は答えた。
「そうだよ。例えば、お前が何故電話をしてきたかなんて事、俺には手にとるようにわかるよ。どうせ明日の責任を俺に擦り付けようとしてるんだろ? お前はそうじゃないにしても」
高橋のトーンは不機嫌になる一方であった。僕はそこに、なにかしらの違和感を覚えた。
「そうじゃない」と、僕は言おうとした。
しかしそれは、荒げられた高橋の声に消された。
「そうじゃない、か?タケダ、お前は優しいヤツだな。あんな奴等を庇う」
たぶんだけど、高橋の眼は悲しそうだった。 僕にはそれがわかった。
「いいか?タケダ。 世の中にはたくさんの見方がある。それはつまり、人の数ほどだ。俺とお前は違う目線だし、もちろんクラスの奴等も違う目線だ」
「そうだね」と僕は言った。
「しかし、だ。奴等は、せっかく違う目線であるのに、答えを二元論でだそうとする。“はい”か“いいえ”とか、“正解”“不正解”のように」
わかるか、と高橋は言う。
「それ自体は間違いじゃない。しかし、世の中は二つの答えだけでは回っていないんだ。 奴等はそれをわかっちゃいない、わかろうとしない。そんな奴等に、彼女の事なんかわかるものか」
僕はその言葉に、絶句した。