例えばそれが、夢である必要-10
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気づくと街は夕暮れに染まり、空の支配者は段々と藍色に変わりつつあった。
僕はゆっくりと身体を起こし、またベッドに横になった。 それから、昔僕が逃げた理由を考え、涙を流した。
そして今はもういない青山 京子の事を考え、高橋の事を考えた。そして文化祭の事を考えて、最後には高橋の死の事を考えた。
決まってあの三日間の事を思い出す気持ちの良い朝も、訪れる度に記憶は曖昧になって来ている。高橋の哀しげな顔も、彼女の流した涙も。ゆっくりと、だが確実に、頭からは消えていっている。
そう思うと涙が止まらかった。記憶が薄れて行くのが哀しいのでは無く、未だに昔の僕が逃げた理由と、その言い訳が見つからなくて。
僕があの後、青山 京子と話す事は無かったし、高橋の墓前に立った事も無かった。 たぶんまだ、高橋の死が受け入れられて無いのだと、僕は思う。ついでに言えば、青山 京子の事も。
最近、僕は夢を見る。
真っ白な世界で、高橋と青山 京子がそこにはいる。正確に言えば真っ白では無かったのだが、そんな事はどうでも良かった。それが夢である事が重要で、僕が理解している事が最も重要であった。
その世界で高橋は言う。
「タケダ、悪いな。今度また、飯おごるから」
と。
その世界で青山 京子は言う。
「少なくともタケダ君、貴方のせいではないわ」
と。
これは、夢でなければいけなかった。いや、いけなくは無かったが、そうであって欲しかった。
そうでなければ、高橋が死んだ意味が無かった。
「そうだね」と、夢の二人に向かって僕はそう言った。そう言ってベッドから、はね起きた。
そして夕暮れに向かって一人、何にともなく呟いた。
「ごめん。それと――ありがとう」と。