飃の啼く…第4章-8
入場口には、「入場無料」の看板がある。私は小さく「おじゃましまーす…」と言って、飃の後を追いかけた。
そこは、教科書で見たことのあるような、立派な遺跡だった。地元に住む彼らが「城(ぐすく)」と呼ぶもので、石を積み重ねた堅牢な城だった。そして、そこには何人もの、武器を備えた小人がいた。あたかも、この城がまだ活気にあふれていた時代の住人たちが帰ってきたかのように。
中には、昨日の男の子もいて、私を見つけるとうれしそうに手を振った。私はこのとき初めて、「琉球の狗族」がシーサーと呼ばれる琉球の守り神だったことに気がついた。
かれらは、シーサーの姿をしているものも、人間の姿をしているものも、一様に飃より小さくて、立派だった。鬣(鬣たてがみ)が時折の風に揺れると、太陽の光を反射して、まるで炎のように見えた。
それでいて、彼らは一同に憔悴した顔つきをして、誇り高き戦士の目は見慣れないわたしたちへの好奇の光と、諦観の虚しさが垣間見えた。
城の階段の最上段に居た、一人の老人が老人とは思えぬほどの力強い声で私たちに呼びかけた。
「よくぞ我等の助けに応じてくださった、客人殿。私が長ですじゃ」
長老は標準語で挨拶をしてくれた。白い髭を三つ編みにし、腹の辺りまでたらしている。南の島の住人である彼の肌は小麦色に焼けていて、白い髭と鮮やかな対象をなしていた。
「やつがこの村に目を付けてから早5年…以前は、わしらもここに居る3倍は居りました。」
私は息を飲んだ。ここに集まっているのは、少ないと言っても200人は居る。ということは、そいつは400人のシーサーを食らい尽くしたと言うことだ。
なんて奴…。怒りがこみ上げる。
恐ろしさも確かにあった。でも、心の中に沸きあがる悲しみが、怒りが、それを凌駕してしまった。
なんて奴なの…。
「長老様」
私は長老の前に進み出てしゃがみ、彼の目をのぞいた。苦痛の足跡が深く刻まれ、それらが縁取った、彼の目を。
「私たち二人だけでは倒せるかはわからないけど…でも、私たちと、皆が力を合わせれば、きっと、きっとそいつを後悔させてやれます。」
長老は少し驚いて、私をじっと見つめた。あたりは鳥の鳴き声ひとつ無く、ただ木々のこすれる音だけが、広大な遺跡の空気を満たしていた。
「…ほっほ、飃はいい嫁をもろうたのう…」
長老は、楽しそうな声色で言った。飃のほうを見る。ちょっと笑っている…私はなんだか照れてしまった。
「えへへ…」
そして、飃と私は、声を上げて笑った。
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そのとき、小さな狗族の戦士、カジマヤは、確かに感じ取った。5年にもわたる悲劇に、押しつぶされそうになっていた彼の村の狗族たちが、たった一人の、本州からわたってきた見知らぬ女の言葉で。にわかに奮い立ったのを。
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「皆の者!」
長老の隣にいた背の高い若者が声を上げた。
「伝説の盾は来たり、長柄は来たり!恐怖することなかれ!恐怖は怒りを呼び、怒りは隙を呼ぶだろう!この南国にあって、我らが闘志は鋭き氷の如く!皆の者、今こそ、今こそ、きやつを滅する時ぞ!!」
誰一人として声を上げなかった。叫び声も、雄たけびも聞こえなかった。それは声など必要ではなかったからだ。轟、と荒れ狂う風が木々を揺らし、きしむ音や葉のこすれる音が、彼らの静かな闘志をあらわしていた。逆立つ鬣は、いまや百もの松明の群れとなって、灰色と緑と、青の世界で煌いていた。
にわかに、あたりの空気が濁る。海風に、何かが腐ったような悪臭が混ざって、ここまで届けられた。