ICHIZU…C-5
「相変わらずおせーな」
やっと姿を表した佳代に嫌味を言うと、佳代の方も帰り支度をしながら、
「誰も待っててくれなんて言ってないけど…」
「だから、前にも言ったじゃねぇか!」
佳代は直也の言葉を遮るように、
「分かった……とにかく帰ろうよ」
気まずい雰囲気で歩き出した2人。待たせた自分が悪いと思ったのか、佳代は直也に話しかける。
「直也はどのポジションに選ばれたの?」
直也はひとつ息を吐くと、
「レフト。それに3番手のピッチャーだ」
「じゃあ、試合で投げる事もあるじゃない。あんたピッチング練習してる?」
「自宅でやってるよ。鏡の前で。もっとも、母ちゃんの姿見用だから時々怒られるけど」
直也はそう言うと小さく笑う。佳代もクスクスと笑った後に笑顔で、
「私が選ばれるなんて、思っても見なかった…」
「オレだって驚いたぜ!菅さんや大木さんは内野手だから仕方ないにしても、淳まで落ちるとは思わなかった」
菅や大木は3年生で今年が最後の夏になる。2人共、ケガから復帰したばかりだ。もう一人の橋本淳は佳代や直也の同期だが、センターの3番手だ。この3人は当然25人枠に選ばれると大方の予想だった。しかし、3人は選ばれずに佳代が選ばれたのだ。
「もし出たら…責任重大だね」
佳代は神妙な面持ちで言葉を発する。と、直也はそれを和ませようと佳代に言った。
「そう難しく考えるな。まだ1回戦だろ。それ以降にオレ達が落とされて、あの人達が選ばれるかも知れないさ。そうに決まってるって」
佳代は直也の言葉に励まされたのか、自分に言いきかせるように、
「そだね!監督も“3回戦まで”って言ってたから」
「そうさ。地域予選決勝でオレ達が出てるって事はねーよ」
学校の正門が見える。いつもの別れ場所だ。
「じゃあな。後10日間しかないけど練習やっとけよ!」
「あんたもね!みっともないピッチング見せたらベンチで蹴っ飛ばしてやるから」
直也は何も言わずに佳代に背を向けると、右手を軽くあげた。佳代はその後姿に“ありがとう”と言うと、自転車を漕ぎ出した。
…『ICHIZU…C完』…