『料理になる前の野菜片たち』-3
「男女間の友情というものは私はまったく信用しないわ。」
いつだったか夕実の言った言葉だ。それも祐二に向かって。それでも夕実と祐二は親友であり続けている。
「ねえ。」
祐二は少し前を行く恵子に声をかける。
「恵子は、男女間の友情って信じる?」
恵子は立ち止まって「突然何?」と言ったが、少しだけ思案した表情をした後、
「私は、半分信じてる。」
と言った。
「半分。どういうこと?」
祐二が追いつくと、今度は肩を並べて歩き始める。
「男女の間にも友情はあると思う。でもそれは同性同士の友情とはやっぱり少し違う。」
前を見たまま恵子は言う。祐二の持つビニール袋に恵子の足が触れてカサと音を立てる。
「なるほど。でも、今のは前後を入れ替えることもできるよね。同性同士の友情とは少し違うけど、友情は確かにある。って。そう考えたほうが俺は好きだな。」
そう祐二は笑いかける。まったく、そこに生えている土筆のように無邪気な笑顔だと恵子は思った。恵子は、複雑な表情を一瞬浮かべたが、「そうかもね」と言ってやはりシロツメクサのように笑って見せた。
そろそろ恵子と夕実の部屋のあるマンションの近くだ。恵子と二人でこうして歩いているのも楽しいが、三人で騒ぎながら食事を作って、三人で賑やかにそれを食べている時間がやはり一番楽しいと祐二は思う。
男女間の友情について、祐二の考えは夕実のものとも恵子のものとも少し違う。
そもそも、人と人の繋がりの形を、友情とか、恋とか、愛とか、そんな既成の言葉だけで言い表すことなんてできっこないのだ。自分と、恵子や夕実との関係を、自分が彼女らに抱いている感情を、友情だなんて捉えることはできないし、恋や愛なのかと問われればそれも違う。僕らのつながりは、ありふれた呼び名じゃあちょっと測りづらい。いや、世の中にある絆すべて、それぞれに違う形、色、硬さ、長さを持っていて、同じものはないのだろう、同じ人間が一人として居ないように。なら、と祐二はいつも思う。それぞれの絆に、それぞれの名前が欲しい。ありふれた名前じゃなくて。特にその絆が自分にとって特別であるなら。
その名前が見つからないものかと、祐二は周りをぐるりと見回した。緑が敷かれた土手の斜面の中か、風に流れる恵子の髪の間か、空に浮かぶちぎれ雲のどれかか、あるいは手の中のビニール袋の中の野菜片たちか。どこかに見つかるかもしれない。そんな風に思わせるくらい穏やかで平和な日の景色だったから。
◇
空は基本的に青くて、未来は希望ばかりで、過去を振り返るのは愚かで、自分は自分でよくて、難しいことは知らなくてもよくて、笑顔でありさえすれば幸せで、夢見ることは素晴らしくて、願いは必ず叶うもので、努力は報われるもので、恋はたとえ失われても綺麗で、後悔は何にもならないが、思い出は未来の力になる。
イヤホンの向こうの若いバンドの歌っている内容は、大体そんな具合に要約される。
もう何年も前から何人もの若者たちが歌い続けていることだ。
夕実はうんざりしたようにイヤホンをはずし、停止ボタンを押した。絶対にオススメだから、と友達に貸し付けられたCD。最後まで聴いていれば一曲くらい少しはマシなものもあるかもしれないと期待していた、いや、期待しなければいけないと思っていた。しかしそれはやはり裏切られた。どの曲にもしばしば出てきた『君』という二人称詞。もし自分がその『君』の立場に居たとしたらどう思うだろう。どうも思わないに違いない。
そのバンドの曲には、夕実には、多少の共感する要素こそあれ、感心する要素は無かった。ほとんどの部分には共感さえできなかった。例えば、私は終わってしまった恋を素晴らしいとなんて思えない。ああ、結局勘違いをしていただけなのかと嘆息するか、どうしてあんなろくでもない恋をしてしまったのかと、相手か、あるいは過去の自分を憎む。大体そんなものだ。それはまだ本当の恋というものを一度もしていないからだと言われるかもしれない、このバンドのような人たちには。そしてそれは本当のことかもしれない。