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『料理になる前の野菜片たち』
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『料理になる前の野菜片たち』-2

最近、この時間に祐二のことを考えることが多い。悪い傾向だ、と恵子は思う。それに15分と決めてある時間が、17分だったり、18分だったりと延長されてしまうことが多いのだ、祐二のことを考える日には。完全に、悪い傾向だ。
今も、時計を見るとアラームが鳴った時間から15分を過ぎている。意志を込めた息を吐いて、勢いをつけて掛け布団をはねのける。
「さて」
と恵子は口に出して言う。その声が現実的な響きを持っていることに安心する。どんなことを考えたとしても、布団の中で考えたことは外には持ち出さないと決めている。
軽く伸びをして、髪を手櫛で軽く整えたら、ドアノブをまわして部屋を出る。もう10分もすれば愛すべきルームメイトも起きてくる。それまでに、朝食の準備をしておかなくてはいけない。自分のためにサラダと牛乳を、夕実のためにトーストとコーヒーを。
ついでに冷蔵庫の中を確認しておく、今日のために、何が足りていて何を買いに行く必要があるか。
意外に多く買い物をしなくてはいけないと分かって少し嬉しくなった。これなら祐二を荷物持ちと称して一緒に連れて行くことができるだろう。
窓の外は明るく、窓からは温かな日差しが優しい角度で部屋の中に差し込んでいる。
春の朝というのは、どうしてこうまでに長閑なのだろうかと恵子はヤカンに火をかけながら思う。



祐二は、前を歩く愛しい友人の後姿を、長閑な春の日差しと同じ柔らかさで見つめる。
歩くリズムに合わせて軽く揺れる、短く切り揃えられた髪。Tシャツにジーンズ、スニーカーという、投げやりにも見える格好。それでも彼女は彼女の持つ魅力を何一つ損なうことはない。恵子は、どんな格好や状況でも、自分が本来持っているだけの美しさを破綻させない方法を知っているのだ。決して過不足無く、いつも恵子は美しい。少なくとも祐二はそう感じていた。そこが恵子の尊敬に値する点だと祐二は思う。自分の周りに存在する他の女性達はみな大抵、自らの身に余るような美を、何とかして身につけようとしているように見える。そうやって取り付けられた美しさは、やはり簡単に破綻する。破綻させないために、そういった人たちは色んな制限を自らに課してしまっているように見える。そういった不自由さが、男性である祐二には憐れに思えたし、煩わしいとすら感じていた。そういった意味で、自分以上に自由に身軽に振舞う女性というのを、祐二は恵子以外に知らない。
河川敷の広場は所々に瑞々しい緑に覆われ、緩やかな風が、強すぎるくらいの日差しを和らげている。空の色は、春というものが見る夢の始まりそのものであるようにすっきりとしている。にもかかわらず、平日であるためか人は少ない。キャッチボールをしている二人組が一組。あまり上手であるとは言えない。それを土手の上を歩きながら何とはなしに眺める。そうだ、例えば明日も晴れたらキャッチボールをしようか。なんて言っても恵子はきっと喜んで応じてくれるだろう。
ともあれ今日はキャッチボールの案は却下しなくてはいけない。祐二は両手に提げたビニール袋を握りなおす。何しろ今日は恵子の部屋に招かれている日だからだ。
今までも何回か祐二は恵子と夕実の部屋に招かれて食事をすることがあった。ちょっとしたパーティーみたいだ、と夕実は喜ぶ。祐二は夕実にとって一番の友達であり、殆ど唯一と言っていい長い付き合いの男友達だった。なにしろ夕実ときたら、男友達が男友達で居続けたためしがないのだ。そんな夕実と友達の距離を保ち続けている自分は、ひょっとしたら男としての魅力に欠けているのか、それとも女性と友達で居続けるために無意識に間合いを取る才能でもあるのだろうかと思う。
いずれにせよ、祐二にとっても夕実は大切な友人だ。
祐二と恵子と夕実の三人は、奇妙とも言えるような形の絆で繋がっている。


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