『傾城のごとく』-1
鉛色の雲が低く垂れ込め今にも泣き出しそうな様子を、千秋は恨めしそうな目で眺めていた。
(自宅までは歩いて30分は掛るし。それまで降らないかなぁ…)
千秋はしばし考えた後、
「もういいや!帰っちゃっおう」
そう呟くと、学校の門を後に駆け出した。すると“待ってました”とばかりに雨雲からパラパラと水滴が落ちてきた。
「何なの!最悪!」
千秋はカバンをかざして大通りから路地へと入る。と、右手のゴミ置き場に置かれた小さなダンボール箱が目に留まった。
「こんな日にダンボール?濡れてるじゃない…」
千秋は立ち止まるとダンボールを覗き込んだ。上ブタが軽く閉じて内が見えない。彼女は恐る々フタを開けて内を見ると、
(何…ネコ?)
内にはゴム・ボール位の大きさの、真っ黒な仔猫が丸くなっていた。
「震えてる…」
この雨が寒いのか、小さな身体は小刻みに震えていた。その時、千秋の気配に気づいたのか、軽く伸びをすると上を向いた。
(うわっ、ヤバい!目が合っちゃった)
と、千秋が思った途端、
「ミー!ミー!ミー!」
壊れたオモチャのように鳴き声を発し続ける。
(ど、どうしよう…)
立ち去る事も出来ず、千秋は鳴き叫ぶ仔猫をジッと見ていた。
(このコ…病気?)
よく見ると、目は涙目で目ヤニがひどく鼻水も垂らしている。仔猫はなおも震える小さな身体で鳴き続ける。
(ダメよ!早く帰らなきゃ……でも、でも)
仔猫を見つめる千秋の顔はあきらかに困ったそれだった。
次の瞬間、千秋は駆け出していた。仔猫を抱えて。
「もうすぐ!」
千秋は自宅へ向かわず、学校近くにある動物病院へと駆け込んだ。
「すいませーん!…このコ…病気みたい…なんです」
千秋は息を切らせながら、受付の女性に伝えると、
「あ…あ、そう、じゃあこちらへ…」
受付の女性は少し驚いた様子で千秋を処置室へと案内する。そりゃそうだ。びしょ濡れの中学生が血相かえて駆け込んで来たのだから。
処置室には白髪で初老の男性獣医が、白衣姿で机に座っていた。