『傾城のごとく』-7
「昨晩は風邪に効く抗生物質の注射と、栄養失調気味だったので高カロリーの輸液を与えて様子をみたんだ。今朝は体温も下がってミルクも飲んでたからもう安心だよ」
獣医はここでひと呼吸おくと、
「君にやってもらうのは、ミルクを飲ませる事と排泄をさせる事。後は身体を拭いてやる事だ」
「分かりました。やってみます」
千秋と亜紀はゲージの前に座って仔猫を見ている。すると獣医が、
「そろそろ食事の時間だよ」
「エッ、夕方に?」
「そうさ。仔猫は1回に食べる量が少ないから3時間おき位にミルクを与えるんだよ」
そして流し台のカゴを指差すと、
「そこの補乳ビンにミルク一杯とお湯を1/3ほど入れて混ぜるんだ」
千秋は言われたままにミルクを作る。
「先生、これで良い?」
見ていた亜紀がすかさず、
「ダメよ千秋。冷まさなきゃ。“猫舌”って言うじゃない」
二人の微笑ましいやりとりに、獣医は目を細めた。
「そこのボウルに水を溜めて使いなさい」
千秋がミルクを冷ましていると、仔猫が起きてきた。身体を伸ばした後に手足を伸ばすと、ねむけ眼のまま周囲をうかがっている。
やがて目が覚めたのか、“ミー、ミー”と元気に鳴き声をあげた。
獣医はそれを見て、
「おなかが空いたんだろう。ミルクをあげて。手首に数滴落として熱くなければ良いよ」
千秋は手首に数滴落とした。ちょうど良いようだ。彼女は補乳ビンの吸い口を、仔猫の口元に近づけた。仔猫は最初、吸い口辺りを“フンフン”と匂っていたが、やがて吸いつくと“ジュッ、ジュッ”と音を立ててミルクを飲み始めた。
「あらっ、このコ何してるの?」
仔猫はミルクを飲みながら、千秋の手を揉み押していた。
「それは親猫からお乳をもらう時の仕草だよ。そうやって揉み押しながら、お乳を出してるのさ」
前足の指を一杯に開きながら押し、握りながら引く。その動作を左右交互に千秋の手で行っている。
「かわいいなぁー」
仔猫はあっという間にミルクを飲み干した。
「先生、ミルク飲んじゃいました」
「じゃあ、ゲップと排泄をさせようか。まず、お腹の下に手を入れて抱いてやって」
仔猫を抱きかかえる千秋。
(このコ震えてる。それにこんなに軽い。昨日は気づかなかったけど、こんなに痩せてたんだ……)
千秋は獣医に教えられたまま、仔猫の背中を優しく撫でる。しばらくすると、“ケフッ”という音と共に仔猫のお腹に溜った空気が抜けた。
「先生、このコゲップしたよ。排泄はどうするの?」
「そこの綿棒にオリーブ・オイルを塗って肛門を軽く叩くように刺激を与えるんだ」
獣医が最初に手本をしめすと、綿棒を千秋に渡した。千秋は真似るように肛門に刺激を与えるが、仔猫はイヤがって逃げようとする。