No32 ペットボトル1-1
「ねえ」
「あ?」
「暑いね」
「…そうだな…」
季節は6月の終わり、夏の初めの日曜日。
少し広めの公園の中にある、屋根とテーブル付きのベンチに、オレとそいつは向かいあうように座っていた。
オレは日陰にも関わらず帽子を被り、いかにも「暑い」というオーラを出して、首筋に汗をにじませながら、Tシャツを手で掴んでパタパタと前後にはためかせていた。
一方、当の「暑いね」と口に出した本人は、特に暑そうにしているでもなく、けだるそうにテーブルに左肘をつき、その腕で顔を支えて、これまたけだるそうな眼差しで、遠くで炎天下をモノともせず野球をする少年達を眺めている。
もう片方の手にはジュースの入った、500ミリリットルのペットボトルが握られていた。
「…暑いな」
「…そうだね、もう夏だからね」
同じ言葉を、今度はオレが発した。
それに答えた後、そいつは、目線を少年達から少し上に上げた。
オレもそれにならった。
季節はすっかり夏模様。
空の青さは深みを増し、入道雲がその中をゆっくりゆっくりと進んでいる。
少し雲が多すぎるのは七月になっていないからだろうか。
そいつは、空から目線を切ると右手に持っていたペットボトルのジュースを少し飲んだ。口を離すと、六分の一ほどの量がまだ残っていた。
ペットボトルにキャップをすると、そいつは今度はその残った中身がちょうどを自分の目の前になるように持って来て、相変わらずのけだるい目線でそれをしばらく見つめた。
そしてそれをオレが見ていた。
出てきたばかりのアブラゼミが一匹、小さくミーンミーンと鳴いている。
それがはっきりと判る程、オレ達二人にはモチベーションという物が無かった。
「はぁ…」
オレ軽いため息を吐き、傍から見たら困ったような、呆れたような、一目では感情が読み取れないであろう複雑な表情を作った。
「ねえ」
そいつがペットボトルから目を離し、オレを向き直って言った。
「これ、ぼくたちに似てない?」
オレは複雑な表情に、予想通り、という表情が加えた。
遠くで野球少年達の無邪気な笑い声が聞こえる。
「また似てるシリーズか?」
「うん」
「よく思いつくよな、お前も…」
「…何作目だっけ?」
「…多分32作目」
他人では意味不明な会話が、ローテンション状態をキープしたままでやり取りされる。
だが何の事は無い、オレ等の間ではこれが当たり前なのだ。