君の羽根が軽すぎて―前編―-1
本当に、本当にある日のこと。
夕方、綺麗な声色が音楽室から聴こえたものだから、覗いてみただけで。
「ナツのムシは輝かしい ひとつヒトツのネイロが重なり合い スベテが結合する」
聞いたこともない歌だった。
「ウミのイロが近づくころ ヒトはヒトらしく幸光り アンソウのトキが訪れる」
けれども聴き惚れてしまった。
「オワルそのトキ故潰れ ミョウコウ事変がマキ起こる」
幻想的って言うのかな。その魅力に僕は思わず「すごい……」って、小声で呟いてしまったんだ。
誰にも聴こえない様な声で、ね。
「……!?」
不思議なことに、彼女には聴こえてしまってたらしい。
僕と彼女の視線の先が、一緒なのが唯一の証拠だ。
あれ、そういえば、よく見たら…。
不意に適当なことを思ったところで、空気が動き出した。
「ぁ……うぁ……」
全身を硬直させて、口だけをぱくぱくと動かす彼女。
「……っと…」
それに対してどんなリアクションをすればいいか、迷う僕。
───とりあえず。
「…し、知らない歌なんだけどさ…その、凄く…綺麗な歌だったよ」
「……は…わ…」
───会話にならない。
「えー……さっきの歌…なんていうタイトル?」
「……………」
「……………」
───最早反応が無い。
度重なる重々しい空気に僕は耐えられなかった。
耐えられなくても、何をすればいいかわからなかった。
「…練習中…だったかな?…邪魔しちゃって、ごめん」
今の僕は間違いなく、ヘタレと言われてもおかしくはなかった。
会話のキャッチボールができないからって、自分から努力せず逃避しようとしてる人間のようなもの。というかそのまんま。
「……そっ、それじゃ」
その後の言葉を聞いたら、帰ろうにも帰れなくなってしまって、
「…な、なつしるし」
思わず振り向いてしまったんだ。
「えっ?」
「…なつしるし!」
「…なつしるし?」
眉が八の字になってしまうほどに混乱した。
もう一度、呪文の様な言葉を声に出してみる。
「なつしるし」
言ったところで何かが解った訳でもないけど。
「…なまえ」
彼女が言う、その三文字で遂に気づいた。
「あの歌の、名前?」
彼女は一回頷いてから、また二回頷いた。
「夏印…って言うんだ。うん、良い歌だったよ」
「良い歌」の時点で、瞬間的に彼女の表情が明るくなったのがわかった。
たぶん、そのお陰で、僕はあんなことを聞いてしまったんだろう。