光の風 〈影人篇〉-10
こんな所を誰かに見られる訳にはいかない。そうして帰したレプリカだった。ここ最近で一緒に過ごす事が多くなった彼女にさえ知られていなかった。
何にも知らないレプリカだが、何かを感じているのは確かだった。軽い胸騒ぎを感じながらもサルスのもとを離れて仕事に戻る。前方から歩いてくる老大臣に気付き、道の端に譲り一礼をした。
「セーラ、だったか。」
ふいにかけられた声に驚き、戸惑いながらも頭を下げたまま更に頭を下げて答えた。
「は…はい、セーラにございます。」
頷きの声を出した後、老大臣はただセーラを見ているだけで何も話そうとはしなかった。少し間を置いても次の言葉が出ない大臣を不思議に思い、頭は下げているもののセーラは上目で様子を伺ってみた。
「陛下を頼むぞ。」
間を置いて出した言葉を残し老大臣は去ってしまった。視界から足が消えたのを確認するとセーラはゆっくりと体を起こす。後ろ姿の大臣はいつもと変わらなかった。
放たれた言葉が頭の中でこだまする。後ろ髪を引かれる思いでセーラは前へと歩きだした。
老大臣は前を向いたまま背中にセーラを感じ取っていた。やがて目の前に紅奈を連れたナルの姿が見えた。もちろんそれはナルも気付いていた。
「あら、珍しい人。」
ナルの言葉に老大臣の表情がほころんだ。長く城に仕えてお互いに一番古い馴染みであり、心を許せる相手だった。
ナルは紅奈を下げて、改めて老大臣と向き合った。実際、こうやって改めて話するのはいつぶりだろうか。それはお互いに思っている事だった。
「疲れた顔をしているわ、貴方。老けたのではなくて?」
「それはお互い様だ。貴方は相変わらず年齢が分からない。」
「女性の年齢は知るものではないわ。不粋というものよ?」
和やかな空気が流れた。こんなに気楽な会話ができたのは二人だからこそのもの。老大臣のほほ笑みは次第に切ないものへと変わっていった。ナルも思わずつられてしまう。
「私はどしたらよいか分からない。」
本当は知っていた。サルスが生きていることも、カルサが生きていることも、セーラの事も、影に撤しているサルスとレプリカの事を知っていた。助けてあげたい、陽のあたる場所へ連れ出してやりたい。
でも彼らがいなければ国は成り立たない。全てが可愛そうなのだ。
御剣というしがらみや、王家という戒めから解き放れてやれたらどんなにいいか。カルサは雷神で国王なのだ。唯一の血縁者がサルスなのだ、彼が自分の存在を消してしまった今、この国の王位継承権は誰にもない。
カルサは何一つの重荷さえ下ろす事を許されないのだ。本来彼を支えるであろう両親は幼い頃に亡くなってしまった。これ以上彼をどう苦しめたらいいのだろう。
老大臣は自分の無力さを悔いて衝動から手で顔を覆った。