運命=策略?-1
オレ、橘 辰也は先週……婚約した。してしまった。
思わずツッコミを入れたら、それをオッケーだと解釈され、あれよあれよと言う間に婚約者ができた。
親同士が結婚させる気満々なのだ。
だからって……。
「これからよろしく、私の愛しい人」
「…………」
これはいくら何でも有り得なくねぇ?
ここまでやるか……。
『運命=策略?』
「おはよう」
あのお見合いから十日ほど経った、月曜日の朝。
自宅を出るといつも通りに無表情な男がオレを出迎える。十数年、変わらない光景でさすがに飽きてきた。
「……おぅ」
右手をあげて挨拶する。
「おはよう」
「……」
「おはよう」
能面顔のそいつは何度も『おはよう』を繰り返す。
オレがおはようって言うまで絶対言い続けるな、こいつは。
「……おはよう」
そう言うと、ヤツは無表情で浅く頷いた。
この能面野郎の名前は加藤 文明。全くもって呪わしい事に、幼なじみというやつだ。幼なじみは女の子がよかったな……。
「時に辰也」
「何だ?」
悲しい妄想を振り払い、門を出て学校へと一歩踏み出したと同時に、こいつは話しを切り出した。
「婚約したそうだな」
二歩目をアスファルトにつける前に転んだ。見事にすっころんだ。
「な、何で知ってる!?」
うつぶせのまま顔だけ上げて、文明を見る。
あれだけ母さんに口止めしたのに、何で知ってやがる!?
十日経って、大丈夫だと思ってたのに!
「なに、俺の情報網を駆使すれば、この銀河において俺に知らないことはない。さすがに骨は少々折れたが」
無表情でそう宣いやがった。相も変わらずの変人ぶりだ。
17年間、こいつとは腐れ縁を続けてきたが、そろそろ切りたい。あぁ、そう思ったの、何回目だっけ?
「22万とんで572回目だな」
「勝手に人の心読むな。あと数えんな」
立ち上がりながらそう言うと、文明は無表情で右手の親指を立てた。やっぱりこいつは人間じゃない。
「今頃気付いたのか?」
変人がまたオレの心を読んで、バカな事を言ってる。ツッコミの代わりに鳩尾に一発。
「ぐふっ」
よし、決まった。アスファルトに吸い込まれるように、ヤツは見事に倒れた。ほんの数秒だが、オレの周りは平和になる。
平和が続いているうちに歩き出す。災厄の元凶は放っておいて大丈夫。どうせすぐに復活する。
「時に辰也」
ほら、復活した。
いつの間にか、オレの右側にいる。ここはヤツの定位置なんだそうだ。
こいつのしつこさとタフさはシュ○ちゃん扮するサイバネティック生命体並だ。見た目はロ○ート・パト○ック似だけど。
閑話休題、話を戻そう。
「何だ?」
「風の噂では、今日転校生がくるらしいぞ」
へぇ……。
そう言う珍しいネタは耳にも好奇心にも心地いい。
「中学ならまだしも、高校で転校生って珍しいな」
「うむ、こういう時の相場は大体家庭の事情か、本人の事情だな」
確かに。まぁ、前者はありがちだ。しかし後者は……なんだろ?
「しかしよく知ってんな」
「言ったろう。風が噂していたんだ」
そう言う意味じゃねぇだろ……。やっぱりこいつは人間という範囲を逸脱している。人間、ここまで来たらおしまいだな。
「大丈夫だ。お前も一歩手前まで来てる」
変人が使用する変人言語を耳からオミットして、オレは学校を目指して歩き出した。