飃の啼く…第2章-1
家に帰れば、薙刀から開放されると思って引っ越したマンションなのに、飃がやってきてから、以前よりさらに薙刀漬けの日々を送っている気がする。
「飃ぃ・・・疲れたぁ・・・」
飃が開いた本から目を上げないまま、片手でスイカを投げてきた。それも一玉。
「ぅわっと!なにすんのよ!」
真っ二つになって床に散らばったスイカの残骸を、本からほんの少し目をあげて見て、
「……40点。」
「っ…あんたねぇ……」
後片付けも私一人でこなす。確かに、私の薙刀術はまだ半人前だし、実践向きでもない。そもそも、真剣を扱ったことすら初めてなのだ。さっきのスイカの残骸を何とか奇麗に切って盛り付けて、飃の前においた。
「まったく。何の本を読んでんのよ・・・」
よく見ると、ほんの上に見慣れたスタンプが押してある。『園城寺学園図書室』。
「ちょっと!あんたそれ、うちの高校の本じゃない!」
「ん?ああ、ちょっと拝借した」
「そうじゃなくて、高校で何やってんの?どうして中に入れたの?」
「フェンスだ。フェンスに穴が開いていた。閉館後の図書室に忍び込んだ。」
まあなんとも簡潔な回答で…
「ねぇ…あんたが学校に来られるとしても、私には近づかないでよ?変な噂がたつから……」
飃は急に顔を上げた。
「何故だ?」
「何故って…だって、そもそもあんたは部外者だし、うちの学校では、不純異性行為は死に値する重罪なの」…一応、そう校則には書いてある。守っている人はほとんどいないけど。
「む…そうか……。」
飃はなんとなく不服そうだった。それを見て、なんだか変な気分になったから、スイカを食べて気をまぎらわせた。
うちの学校は、古くからある、「由緒正しき」私立校で、通っている生徒も、やっぱり「由緒正しい」家系の坊ちゃんやお嬢ちゃんが多い。校舎は、つい最近改装したにもかかわらず、内装は木造の重厚なものだ。よく言えば「伝統的」悪く言えば―生徒のうち、大多数の見解はこちらに傾くが―「古臭い」。教師の顔ぶれにしたって、男も女も「フェロモンなど、40年も昔に使い果たしました。」みたいな教師ばかり。廊下ですれ違うたびに、防虫剤のナフタリンのにおいがするような“つわもの”揃いだ。でも、だからこそ、生物の青山先生の魅力が際立つわけで……。
「ねえ、5時間目さ、数学と生物入れ替わりだよね」入学当初から仲の良かった英澤(ひでさわ)茜が後ろから小突いてきた。
「え?まじ?そうだったっけ!教科書間違えて持ってきちゃったよ……」
「わざとじゃないんかぁ?」茜が意地悪そうに聞いてくる。
「ま、教科書忘れた罰で居残り補習、なら毎回忘れるけどね。」
「そうはさせないよ、私が隣で見せてあげるから。」
「ちぇ〜!」
なんて言いながら廊下を歩いていた、その時。