レン-32
重役会についての連絡がフールから来たのは、俺とケイが横浜に行ってから五日後の事だった。
強襲の為の武装や作戦構想、部隊編成も粗方済み後は重役会が開かれる日時を待つだけといった状況の中、その知らせは届いた。
重役会が開かれるのは明後日の午後二時、場所は兼ねてから予想していた通りの横浜の高台にある組織の総本部だ。そして重役会にはレイラも参加させるようにと言って、フールは電話を切った。
重役会にレイラを呼ぶ…、やはりフールは重役会と同時に全てを動かすつもりのようだ。
従って重役会の場には組織の社長を含む幹部達だけではなく、アゲハなどフールの構成した新たな組織の顔ぶれも揃う事になるだろう。
つまり俺達INCや日本麻取にとってこの上なく望んだ状態が用意される事になる。
その場にいる全ての人間を確保する事が出来れば、現組織だけでなくフールの構成した組織、そしてそこからダークネスの製造者達にまで辿り着く事が出来るかも知れない。
舞台の用意は全て整った。あとはその上で演じる役者を揃えるだけだ。
現組織の主要幹部、組織を裏切ろうとしているフール、製造者達との繋がりをもつアゲハ、それらが揃う重役会を狙って強襲をかけるINCと日本麻取、司法機関の人間である事を隠して組織の幹部になった俺、そして日本麻取の人間である事を隠して組織に入りこんだレイラだ。
〈もしもし?〉
『久しぶりだな。元気か?』
次の日の日中、俺はレイラが納品に出るであろう時間よりも前を狙って電話をかけた。
〈あら。あなたこそ、生きてたのね。〉
『冷たいな。俺が君を残して死ぬ訳ないだろう。』
〈そうね、あなたは殺しても死なないわ。〉
この五日間彼女に連絡すらしなかった俺を不審に思ったのか、彼女は感情を表に出さずに言った。
『少しくらい淋しがってくれてもいいんじゃないか?俺はこの5日間、身を粉にして働いてたっていうのに。』
〈仕事だったの?倉庫には顔も出さなかったじゃない?〉
『前に言ったろ?俺の仕事は毎日芝居をしてなきゃならないって。レイラ、君と一緒さ。』
少し意地の悪い言い方をし過ぎたかも知れない。彼女は黙ってしまった。
『今夜、会えないか?』
〈…納品の後なら。〉
『重役会について話がある。いつもの部屋で待ってる。』
〈わかったわ。〉
俺は久しぶりにホテルへと戻った。この五日間は準備と会議に追われ、ずっと駐在官事務所での寝泊まりだったのだ。
ホテルの部屋で暫く待つと、納品を済ませたレイラが現れた。
『夕食は済ませたか?』
「いえ、まだよ。何か美味しい物でもご馳走して下さるのかしら?」
今日のレイラは髪を綺麗に巻いていた。
そして丁寧に施された化粧に、白のタイトなパンツスーツ。
『折角綺麗にしてきてくれたんだ、たまには洒落たレストランなんてどうだ?』
俺の言葉に彼女は少し微笑んで頷いた。
「着飾る女は嫌い?」
そう尋ねる彼女を俺は静かに抱き寄せ、耳元で囁いた。
『あまりにも綺麗だから、ずっと隣に飾っておきたくなった。』
もちろんそれは不可能だ。レイラが男の隣で、ただの飾りになる事が出来る様な女じゃない事は俺も知っている。
彼女は男に頼る事をせずとも、しっかりと道を歩む事の出来る自立した女なのだ。きっと男を利用する事はあっても、過剰に愛したり依存する事はないだろう。
だからこそ俺はレイラに牽かれたのだ。
俺はレイラとの食事にロビーのすぐ横にあるフレンチレストランを選んだ。
きっとこの関係で時間を共有するのはこれが最期だろう。
明日、彼女は俺の本当の姿を知る。麻薬密売組織の幹部として犯罪に身を染める俺ではなく、INCの潜入捜査官としての俺を。