レン-29
フールは俺がそれを考慮した上で新しい部長適任者を連れてきたと考えたのだ。俺の意のままに動く、俺が部長の座を離れても俺がこれまで築いた影響力を失わずに済む人間を。
組織内の人間からすれば、俺の行動はフールの言った通り強欲に映っただろう。
だが本気でケイを俺の後釜にと考えている訳ではない。
ケイが部長になる可能性があったとしても、それが正式に決まる重役会と共に、この組織はINCと日本の国家権力によって滅ぼされるのだから。
『ケイをシェリルに会わせてくれないか?』
フールが田端の使っていた役員室のキィを開けようとする中、俺は静かに言った。
「シェリルに?」
シェリルというのは組織内でダークネスの詳細な納品記録のデータを握る唯一の人物だ。
俺達が見る事を許されているデータは今後の納品予定だけ。それも納品が無事に済み次第、自動で消去されてしまう。しかもコピーは不可能。
日本国内ではアゲハだけに留められているダークネスの納品も、国外に持ち出されたダークネスは複数の国で膨大な数の密売人によって捌かれているのだ。
だが詳細なデータさえ手に入れば、きっと国外に持ち出されたダークネスの足取りを追って密売人を摘発する事も可能だろう。
そしてそのデータを手に入れるのがケイの仕事だ。
『ある程度のデスクワークを教えてやって欲しい。生憎トラックジャックという危険が排除された流通部門は、これまでの遅れを取り戻そうと大忙しでね。』
「それでシェリルか…、なるほど。利用出来る物は全て利用する、君らしい。」
流通部門が忙しくなろうと、データの管理だけを仕事とするシェリルが忙しくなる事はない。きっと彼女は持て余した時間を上手く使う事も出来ずに、今も薬か手の内にはない妄想の男に溺れているのだろう。
彼女はダークネスによる精神的依存で組織に縛られた憐れな女なのだ。
組織に荒がう勇気も無ければ、ダークネスを断ち切る勇気も無い。そして依存しきった今の組織が無くなればきっと生きていく気力さえも無くしてしまうだろう。
彼女にとっては組織だけが自分が生きる事の出来る世界であり、その世界から放り出される事は死と同じ事を意味する。
レイラとは全く正反対な心を持つシェリル。
ケイにはそんな彼女の弱味に漬け込んでデータを入手してもらわなければならない。
だが常に冷静さと犯罪に対する冷徹さを失わないケイなら心配はいらないだろう。
「わかった、彼も案内しておこう。ここが田端の使っていた役員室だ。好きに使え。」
フールは部屋の電子キィを解除すると、ケイの待つエントランスへと戻って行った。
『…さて。』
俺は田端の使っていた情報端末と部屋の隅々までを調べる事にした。
端末を粗方チェックし終えた頃、俺の携帯が振動で着信を知らせる。
『…もしもし。』
〈もっしぃ?!アゲハよぉ!〉
携帯を通し、俺を不愉快にさせる調子の高い声が流れる。
『納品、済んだのか?』
俺はアゲハの調子に影響される事なく静かに受話器に声を送った。
〈…テンション低っ。さっきレイラさんから受け取ったよ。〉
アゲハは俺の相手に合わせようとしない低い声に機嫌を損ねたようだ。
〈レイラさん、フールに興味があるみたい。アンタは捨てられちゃうね。〉
『それはどうだか。』
俺は神経の殆んどを端末のチェックに向けつつ、アゲハの声に耳を傾ける。
〈アンタなんかよりフールの方が良いに決まってる。今もこの先もアンタはフールには敵わないじゃん?〉
『この先の事なんて、誰にもわからないさ。』
俺は抑揚の無い声で言った。
〈アタシにはわかるよ?!アタシとフールとレイラさんには描いた通りの理想の未来が待ってるの!〉
『俺には?』
〈蓮にはあげないよ?じゃね〜!〉
アゲハはそう言うと一方的に通話を終わりにした。
『何か、企んでるな…。』
誰に聞かせる訳でもなく俺は言った。