レン-15
俺はトラックを戻すために築地の倉庫へと戻った。
「これで仕事はおしまい?」
そう尋ねる彼女に俺は無言で封筒を押し付けた。
『300入っている。続けられそうか?』
「みくびらないで。」
『そうか、安心したよ。』
彼女が金銭を目的にしている訳で無い事は分かっていたが、これからも潜入を続けるならば必ず現金が必要になる。
俺はそう考え、彼女に封筒を渡した。
俺は両掌で彼女の頬を包んだ。
『レイラ、君は最高のパートナーだ。』
真っ直ぐに彼女を見つめ、心からそう言った。
彼女は表情を曇らせた。
その顔には罪悪感が見え隠れする。
君の沈んだ顔を見た時、俺はいっその事自らの正体を明かしてしまおうかと思ったよ。
悪いのは自分を偽った俺で、君が苦しむ必要なんて全く無いのに。
俺が選んだ選択は間違っていたのだろうか。
俺が君を巻き込まなければ、君が苦しむ事も無かった。
だがそのお陰で俺は君という人間を知る事が出来たんだ。
逆にこうならなければ、俺が君に抱いた感情は興味だけだったかも知れないだろ?
それをふまえて考えれば、俺の選択は間違ってはいなかった。
その夜、俺は彼女を昨夜と同じシティーホテルへと運んだ。
部屋に入ると無言のまま互いに求めあった。
唇を貪り、欲望のままに舌をねじこむ。荒々しく服を剥ぎとると俺は彼女を抱きかかえ、バスルームへと運んだ。今朝とは違い、俺もじらそうとはしなかった。コックを捻ると、熱いシャワーが互いの肌を伝った。
愛撫を待たずとも潤った彼女の果実を、俺は迷う事無く犯す。
互いの欲望と衝動のままに激しく突き動かし、限界を考える余裕も無い程に互いを求めた。
彼女はベッドで“許して”とあえぐ。
それが激しすぎる抽挿に対しての言葉なのか、彼女の中にある罪悪感から湧き出る言葉なのか、俺にはわからなかった。
『レイラ、確か君は日本人だと言ったな、本当なのか?』
俺は窓辺のソファに座り、ブランデーのストレートをすすっている。窓からは品川駅を望む素晴らしい夜景が見渡せる。
「本当よ、確かに祖父はロシア人。けど私は日本人。」
『驚いたよ。』
「そうは見えなかったけど。玲良と書くの。」
彼女と過ごすうちに感じてはいた。彼女の中には確かにロシアの血が流れてはいるが、彼女の心には日本女性ならではの繊細さと強かさがあった。
俺は息をついた。
『君にプレゼントを用意したんだ。』
「何?」
『そこに落ちてる上着を取ってくれ。』
彼女は全裸のまま立ち上がった。そしてカーペットの敷き詰められた床から、俺の脱ぎ捨てたロングジャケットを拾いあげる。
俺はそのジャケットの内ポケットから皮のキィホルダーを取り出した。アイグナーだ。
『これさ。』
俺が彼女にアイグナーを差し出すと、彼女は受け取ってそれを開いた。
アイグナーの中身は二つのキィ。一つにはポルシェの刻印が入り、もう一つは電子ロックの鍵だ。
俺は煙草に火をつけた。感情を読み取られないよう、表情を消して。
『別にそいつで縛る気はない。ただ長生きしてもらうには、アシの早い車と、セキュリティの行き届いた塒が必要だ。』
アシの早い車は、俺がコルベットと共に所有するポルシェ。
セキュリティの行き届いた塒は、俺がINCの日本駐在官となった時に機関から当てがわれた外国人向けシティマンションだ。
彼女がゆっくりと息を吸い込んだのがわかった。