『名のない絵描きの物語〜黒猫編〜』-6
◆ ◆ ◆
『さぁ猫サン。どこ行きましょうか。』
猫サンは頭の上でニャ〜と鳴いた。
『そうですね。 歩きながら決めましょうか。 それより猫サン。 田中はこれから猫サンの事をなんとお呼びしたらいいんでしょう? いつまでも猫サンじゃ田中は困ってしまいます。』
名前がないのは不便。
いつかの女の子が言っていた言葉だ。 確かにそうだな、と思った。
猫サンはツンとした顔で返す。
『そうですか。 なんでもよろしいですか。 さて、いかがいたしましょうか。』
猫サンは肩までおりてきて僕の頬をペロリと舐めた。 ザラリとした感触が、イヤではなかった。
『そうですね。仮の名前なのですからね。 では黒い身体でらっしゃるので“クロ”でいかがでしょうか?』
肩の上でググーッとノビをする猫サン。 その後、すこし身体を頬にすりよせ、ニャ〜と鳴いた。
『そうですか。気に入っていただけましたか。 では、これからよろしくお願い致します。クロさん。』
頭の上でクロさんが気持ち良さそうに唄った。
◆
田中サンと別れた後、僕は一人で絵とにらめっこをしていた。
案外、哀しいと思っていた猫の眼は優しさ帯びており、僕の心の炎は強くなった。
ピリリリッピリリリッ
携帯電話が不意に鳴る。彼女から電話だ。
今日も好きな人についての相談だろうか。 僕はそんな事を考えながら、通話ボタンを押した。
さぁ、選ぶとしよう。覚悟を決めて。
傍らでは猫のカップルが、幸せそうに寄り添っていた。