雨と、微笑みと-2
「ああ、これはまた降るぞ?」
たしなめる様な物言いに機嫌を損ねたのか、彼女は声を鋭く「予報が当たったのよ! 雨は止んだじゃない!」と踵を返す。
「いや、しかしだな……」
「もういい! 一人で出掛けるから!」
そう言い置いて玄関へと向かう背中を、俺は再び溜め息を漏らしながら、ただ見送った。
一度言い出したら聞かないのだ、ことに彼女の場合は。
それから間もなく。
俺の予想は当たってしまった。
雨が止んでも消えることのなかった雨雲からは、再び斜めの雨粒が溢れ始め、ものの数分も経たないうちに元通りの景色が窓に映り始めた。
さて、彼女が戻ったら、どの様に笑ってやろうか。
悪戯に、少々意地悪く、そんな子供染みた事を考えながら玄関に目をやると、不意にシューズボックスの傍らに彼女の水色の傘が立てかけてあるのが見えた。
あのバカ……
まあ、晴れると信じて出掛けたのだ、考えられない事もないが。
しかし、見切り発車にも程があるというものだ。
それに、今は梅雨時だぞ……
心の中で、ありったけの文句を並べながら、水色の傘に手を差し延べる。
そして、玄関のドアを開けると、彼女が向かいそうな場所を頭に思い浮かべながら、雨の街へと靴先を向けた。
大通りの中程、小さなカフェの窓際に彼女は居た。
手元には、出先で買ったと思われる本が開かれているが、窓の外へ視線を外しているのは、買ってはみたものの大して面白くも無かったのだろう。
店の入り口から、彼女の座る席へ。
こちらに気が付いて、一瞬双眸を丸くする彼女に傘を差し出しながら「もしかしたら、待ってた?」と少し微笑んでみせる。
「ええ、雨が止むのをね……」
バツが悪そうに、しかしそれほどでも無い様に反らした視線の先には、相変わらずの雨が午後の街を淡く煙らせていた。
こうして、結局いつも通り、街を二人でふらふらと歩く羽目になってしまった。
カフェから家までの道のりを……
いや、少しだけ遠回りをした。
別に、大した理由は無い。
ただ、彼女が、俺が水色の傘しか持って来なかった事に、少しだけ嬉しそうな顔をしたから……
「ねえ、たまにはいいよね? こういうのもさ」
「よくない。ちゃんと二本、傘を持って来るべきだった」
一本の傘の軸を挟んで、彼女が笑い、俺が顔をしかめる。
しかし、実のところ、それほど悪い気はしないのだ。
彼女が喜ぶなら、それはそれで良いと思うし、寄り添いながら歩くから、濡れた右肩もそれほど気にはならない。
雨は相変わらず降り続いている。
だが、二人が家に着くそれまでの間なら……
それも、悪くはないと思うのだ。
おしまい