過ぎ去りし日々-1
「アタシな、見合いするんよ」
彼女のアパートで夕食を共にしようと、一生は野菜を洗っていた。
「どうしたん?」
一生は手を休める。水の流れる音だけが静寂の中に響く。
「…アタシ、来週の日曜日に見合いするんや」
「何で?」
一生の口を自然に出た言葉だ。途端、尚美の声は涙声に変わりキッチンを包んだ。
「…アタシ、幾つや思てんの!!……来年でもう30やで!…あんたと知りおうて10年や!もうアタシ…イヤや!」
尚美は溢れた涙を拭おうともせずに一生の目を見据えた。全身の力を眼に込めたような尚美の目を、一生はまともに見れなかった。
「どうなのアンタ!女の私にここまで言わせて!何も言う事無いんか!」
(コイツは自分の人生を掛けてオレに言っている)
一生にもそれは判る。それよりもここ数年間、尚美が自分に対して、それらしい言動を発しているのも一生は分かっていた。
それからは、楽しく尚美と過ごしていても、いつも心のどこかにわだかまっていた。
そう思いながら、一生は結婚など考えてもいなかった。
一生は尚美を見据えたまま言った。
「スマン!今まで、こんなどないもならんような男について来てくれて。ワシな、今言われてハッキリした。オマエの気持に甘えてたんやな……スマン」
一生はただ頭を下げた。
「…判ったわ、アンタの気持が。アタシ、10年も無駄路を歩いたんやね…」
「………スマン」
一生には頭を下げて謝る事しか出来なかった。
尚美は一生を睨みつけると、
「…ア…アタシの10年を返して!アンタ!」
一生は何も言わずに彼女のアパートを後にした。彼女の慟哭が一生の耳に響いた。
それは1998年の夏の出来事……
「君も退屈なんか?」
一生は会社の先輩達に連れられて初めてのコンパに来ていた。だが、彼は何となくこうゆう事がキライだった。男女が同数で対面し、酒を呑む“集団お見合い”のような場が。
しかし先輩達を不快にさせてはならないという考えから、彼は困っていた。
その時だ。同じように個室から外の通路に出て疲れたような顔をしている娘がいた。