過ぎ去りし日々-2
「君ィ…名前なんて言うん？」
一生がそう声を掛けた瞬間だ。彼女の顔が輝き一生に近寄って来た。
「アンタ！関西の人？」
ぶっきらぼうに一生にたずねて来られ、一瞬、彼は返答に躊躇するが、すぐに笑顔で答えた。
「ちっさい頃までな。15年以上コッチに住んでんねゃ。ただな、酒呑むとな、時々出るんよ！」
「アタシも！小学生の頃な、引っ越して来たんよ。お兄さんは関西のドコ？大阪？]
「オレは伊丹。空港近くに居ってん。君は？」
「アタシ？アタシは神戸！」
「そうか。都会っ子やな。どや！同じ関西同士、二人でフケよか？」
「変なトコならイヤやで！」
「アホ！知りおうたばっかでそんなトコ行くかい！バーや！カクテルなんか出すトコや！」
「嬉しい！アタシそんなトコ初めて！」
酔った勢いでか、彼女が一生の腕に巻きついてくる。
「ところで名前聞いて無かったなぁ」
彼女はニーッと歯を見せて笑顔を見せると、
「名前。名前ねぇ…付き合うようになったら教えるわ！今日は名前はイランやろ」
一生は一瞬変な顔をしたが、すぐに笑うと、
「せやな。じゃあ行こか」
二人は店を抜け出し、タクシーに乗った。
ー翌月曜日ー
「一生！」
一生が出社すると、先輩の広渡から呼び止められる。彼は一生より3歳年上で、会社の部署も同じだ。一生は小走りに駆け寄る。
「おはようございます。先日はお疲れさまでした」
広渡は苦笑いを浮かべながら、
「“お疲れさまでした”じゃねえよ！自分だけ楽しい事しやがって」
「エッ、何の事です？」
「とぼけんじゃね〜の！ヨソの娘と途中でいなくなりやがって。ドコのホテルに行ったんだぁ？」
「イエ。…ただ送っただけですよ」
広渡の声が少し大きくなった。顔は笑っているが、目が笑っていない。明らかに怒っている。
「オマエ、二人で居なくなっといてそんな訳無いだろう！]
「いえ、ホンマです！]
広渡は何かを言おうとしたが、口を閉じて喉の奥にしまい込むと、
「……それとコンパの会費。3千円な」
「エッ？」
一生は呆れた。元はと言えば、“コンパを開くのにメンバーが足りないから来い。金は出すから”と言い出したのは広渡だったのだ。
しかし、あの日、彼らを不快にさせたのは一生自身だ。ここで言い争っても無意味と感じた彼は、広渡に会費分を支払うと、部署へと向かいながら先日の出来事を思い出していた。