過ぎ去りし日々-3
「ヨッシャ!着いた」
一生はタクシーに料金を支払うと、あるビルのそばに降りた。
「ココどこ?」
「赤坂」
「こんなところにバーがあるの?」
「このビルの地下にな」
ビル1階にはラーメン屋がテナントとして入っている。その横に地下への階段がある。一生は彼女の手をひいて階段を降りようとしたが、彼女が躊躇した。
一生は一瞬、どうしたのか困惑したがすぐにピンときた。そして彼女を安心させるために笑った。
「心配すな。オレが襲ったら、あの店のモンに訊いて告訴しろ!店に予約リストが残っとるハズやから]
彼女は納得したのか一生の手に掴まりながら、階段を降りて行った。
地下に入ると景色は一変した。外から見ると小さなビルにしか見えないが、地下には大きな通路があり、その両サイドにスナックや焼き鳥屋、居酒屋などの飲み屋が並んでいた。
「わぁ〜!こんなトコ初めて。なんや昔のアーケード街みたい」
「ああ。ココな、昔、こんな風によぉさん飲み屋街があってん。それが区画整備でビルの地下に移ったんや」
一生は通路の奥へと進む。その一番奥に木のドアーが通路に向いている店があった。“Bar Nanasima”と書かれた金のプレートが扉に貼られている。
一生が扉に手を掛ける。彼女は彼の後から隠れるようについていく。
「ちわぁ〜っ!」
彼女は一生の肩越しに店内を見る。内は暖色系の照明で彩られ、思ったよりも明るく感じられる。
「久しぶり!」
カウンターのマスターが、一生に声を掛ける。“ご無沙汰です”と言いながら一生はカウンターのとまり木に座る。彼女もとなりに続いた。
「オレはスコッチとチェイサー。この娘は…悪酔いしないカクテルを」
「アタシそんなに酔ってへんよ!]
「まあまあ。旨なかったら別のん頼めばええから」
マスターがカウンター下の製氷機から氷のカタマリを取り出す。大きさは10センチ角位か。彼はアイス・ピックを巧みに使い、少しずつ角を削り落としていく。
氷は角が取れて球状になった。マスターがウィスキー・グラスに丸く削った氷を入れ、ウィスキーを注いでいく。氷の周りを滑るように琥白色がグラスの中で流れる。
グラスが一生の前に置かれる。
すでにマスターはシェイカーを回している。それは規則正しく、舞うような動作だった。
シェイカーを開けて中身がカクテル・グラスに注がれる。その液体は薄い乳白色だった。